歪みと正義 | HOODのブログ

歪みと正義

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朝刊広告にて某週刊誌の広告を眺めていたら、『アサヒカメラ編集者の死』…という見出しがあった。
その時は、…アサヒカメラも以前よりは売り上げ低迷していると聞くし、追いつめられたのかな…ぐらいに感じていたが、気になったので駅売りで購入する。

誌面記事によれば、死に至った編集者は、元々は新聞記者として事件取材に活躍し、真実を問いただした優れた報道人だったようだ。
私が『他人の死』を安易に個人的ブログなどで触れるのは非礼とは思う。しかし、釈然としない何かを感じるのだ。

写真雑誌に限らず、雑誌は購買層を減らしている。理由や原因は様々だろうが、カメラ雑誌に限定して云うならば、カメラメーカーとのバーター記事があまりに多い。
各カメラ誌の企業サイド側に寄った記事と解説を読まされていると、メーカーが発行して無料で配布しているカタログに対して、有料の(千円近い)カメラ情報誌に大差は見いだせない。ある意味で、その現状は『堕落した』という表現が適当であろう。

いや、アマチュアがブログなどで書いている記事の方が、実際の使用感など詳細に書かれている場合もある。

写真は失敗なく誰もが写せる時代になった。その事だけを取り上げるならばプロとアマに差はない。
では、プロによる写真とは何か?
この命題を、写真という媒体を愛する者ならば問うであろう。
しかし、企業広告の宣伝雑誌と化した編集において、この命題は不問である。
亡くなった編集者は真実を問う事を、自らの仕事の上で奪われていったに違いない…と、これは私だけの邪推であろうか。
さらば、私も空しくなられた魂に、心から鎮魂を込めて亡くなった編集氏の冥福を祈ろうと思ふ。