手放せない書
幾度、携帯を壊せば済むのか…たいてい急に動かなくなるんだよねぇ…全く。
閑話休題。
私の座右書…ではないが、手放せない一冊。
もはや学生、研究者でもない私が、未だに手元にないと落ち着かない本の一つ。
『世阿弥 禅竹』
岩波書店。日本思想体系より。
著加藤周一 表章
『風姿花伝』を始めとして、世阿弥・禅竹の著作を網羅した能楽研究必携の書である。
学生時代、この本を入手するのに苦労した記憶がある。
当時、神田の古書店でも安値ではなかった。
世阿弥の著作で、とりわけ示唆的なのは『花鏡』であろう。
中世から現代に至るまで…藝の積み上げとは何か、また都市文化と能の関係とは?…と、考えさせる一文がある。
簡単に云えば、『都は目利き(優れた観客や教養のある支持層)がいる…そこでしか『劫』…花と呼べる藝は磨かれない』と、述べている事だ。
『劫』(効が正しいが、用例は劫が大半…本著より)
世阿弥の説く『劫』とは、花咲くに至るまでの藝の積み重ね…スキルと云うべきものか。
田舎では、都を忘れまいとするあまり、田舎暮らしの中で都文化への追想が灰汁となって悪い芸風になる…あるいは、老いた役者が若い頃に拘り、時代に適応しない藝となって最後の花を咲かせずに終わる…。
『花鏡』は、単に読了だけ理解し得ない実践の役者論がある。
そんな先人の教えが惜しみなく記述されているのだ
