能『芦刈』…ホワイトカラー
能『芦刈』浅見慈一
貧しい芦刈の男と別れた元妻は、都で出世した富裕層の妻となり、元夫の前に現れる。
やむなく貧しさに安住した悲劇…。
最近、写真撮影や写真関連業種の方々に接すると、漏れるのは嘆息ばかり増えたように感じる。
私も写真の納品に関し、お世話になっているラボがある。
某私鉄沿線の駅前にある個人経営のラボなのだが、デジタル時代となって苦しい経営を迫られている。
確かに写真撮影、印刷業などは業種進化の受けやすい職種だと実感する。
そして、実際は多くの職種が苦しく厳しい生活を、いつの時代も送るものなのだ。
世間的に云うエリート階層、そこに準じた大手企業の社員層だけを社会モードとして、世の中を俯瞰した消費先行型の生活においては、その周辺以外の人々には『希望』という言葉は見出しにくい。
近世の三百年から格差や身分制度というものを、近現代の法律は是正しながら今日まで作り上げてきた日本社会であった。
しかし、実は敗戦後の戦後社会というものは『欧米型の奴隷制度の再構築』であったように感じる。
『消費は経済の牽引』という幻想を抱く限り、資源争奪や国益を守る争いは耐えない。
その解決策として、富裕層の多くがコンサバティブな思想を共有して止まず、政治や経済の狭間で生命の危機に晒される末端の人々に対しては、彼らが正統的に鈍感であるのも、既成事実化した『格差意識』なのだと思う。
私も含めて、人は自分自身の『幸せ』とは、半径五メートル以内ある姿しか見えないものなのだ…そこに真実の追求を忘却した教養主義の崩壊、諦観しか手に出来なくなった戦後社会の悲劇を憂う。
