能『賀茂』…大河の果て。
学生時代からの知人に、能研究の道に進んだ男がいる。
ゼミ落ちこぼれの私とは、あまり仲が良いとは言えなかったが、ある日の深夜に、突然の電話がきた。
(メールなど無かった時代である)
『あのさ…賀茂の主題って、どう理解してる?』
いきなり深夜の電話に、ハァ…?!と思いながら。
私…ん、なんだい。
知…賀茂の主題は水なんだよ、大河に連なる水が恵みをもたらす、その水の力なんだ…ところが、シテ方や研究者も解っていないんだな…云々。
私(眠い…。)
私が無反応に近いので、彼は呆れて電話を切ったようだ…。
ところが、今になって考えてみると知人の説は興味深く理解できる。五穀成就は雨の恵み…川水の逆巻く力、天に雷雲を呼ぶ力、それは全て水のパワーである事には間違いないのだ。
賀茂の別雷(わけいかずち)神と天女の姿で現れる御祖(みおや)神…シテとツレの関係として眺めるよりも、両者を天地一体の神として考えると、豊穣であり…生殖する性の象徴でもある。
これが私に、友人が伝えたかった事柄なのだろうか。
確かに、人間の体内にも水はある。天地の水と呼応して、人内の水エネルギーが昇華するとき…パワーは発揮される。
それは、性の力を伝える根元や行為、そのものであると思う。
能『賀茂』の後シテを、どう処理するかと考えた時…水の流れ、力を演出の意識とするのは面白い。

