花に馴れこし野宮の
能『野宮』シテ小早川修
六条御息所という女性とは…と、言い尽くされた観もあるブログ題で書いてきた。
しかも、原作に対する解釈が違うぢゃないか…って思う人もいるはずだ。
ここでは、謡曲作品から見た『御息所』を考えて見たわけで、それも『葵上』『野宮』の二作品しか検討の材料はない。
この二作品は、作られた時期や作者も異なり、そこに室町文藝思潮の成熟進化を伺う事も可能だと思う。
作品として、後発と考えられている『野宮』には、資料や背景に対する読みが結果として作品に備わっており、源氏物語典拠の謡曲として完成度が高い。
私が能『野宮』の謡いで一番好きな章句をあげておく。
…仮初めの御住居 今も火焼屋の幽かなる。光は我が思ひ内にある色や外には見えつらん…。
謡曲『野宮』より。
光は我が思ひ内に…、と源氏を激しく慕い、その思いが(色に出にけり…と)…この気持ちが人に見えていないかしら…でも、本当は見せたいの、えぇ…そうですとも…。
意訳ですので、お許しあれかし…続く。
っか、まだ書くのか?
