女の髪…番宣 | HOODのブログ

女の髪…番宣

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観世九皐会別会
7月25日
一時開演
山姥 遠藤喜久

井筒 長山耕三

矢来能楽堂
お問い合わせ
03ー3268ー7311

撮影に呼んで頂きましたので、番宣を貼ってみました。
『井筒』については、女の髪…で多少書き込みしてあります。

髪…という表現は『山姥』にも出てきますので、合わせて触れておきます。

能『山姥』章句
…姿言葉は人なれども、髪は棘(おどろ)の雪をいただき、眼の光は星の如し…

『山姥』は、人の目には老女の姿で現れますが、鬼とか精霊という範疇の正体ではなさそうです。
その姿、髪は雪のように白く粗く乱れている…と描写されますが、私は、『山姥』とは山の持つ神格性と人の母性が混然と折り重なった象徴だと思っています。

ある意味、壮大な宇宙観を山々に置き換えて眺めている…それが山姥ではないか、
さらに母性という心象が老鬼女の姿で表現されている。
四季に心をとどめ、時に人恋しく、月光の下に夜語りする…

…思ひ白玉か、何ぞと問ひし人までも…
と有名な伊勢物語章句を引いて、その鬼女の心性が深く情感に満ちた世界であることも描いています。山姥とは、いわば地球の母性象徴に近いかも知れません。

形而上的母性を仏教哲学に説き…さらに、言葉が持つ韻律の音楽性や間の空間や響きを織り込んだ詞章が、能『山姥』だと私は勝手に解釈しています。

山など猛暑でゆけない、淡い恋の思いでも忘却した…そんな人にも、是非。
涼しい能楽堂の時間をおすすめします。