女の髪…能『井筒』
能『井筒』クセにも導入されている有名な章句。
『比べ来し振り分け髪も 肩過ぎぬ、君ならずして、誰が上ぐべき…』
伊勢物語二三段、男の贈歌に対する女の返歌。
…あなたに逢った日から、とうに肩を過ぎるまで伸びた私の髪を…今、あなた以外に誰が上げるのでしょう。
(髪をあげて結婚する相手は、あなた以外に他にいない!)
…君ならずして、誰が…この強い意志と希望が、彼女の若い伸びやかな黒髪姿を想像に導く。
私は、女性にとって髪は日々の友、記憶の証人とも言う存在であろう、と考えている。
その髪を、自らの恋の心象に用いた辺りに、作者の心憎い表現を感じる。
恋人同士、互いの姿が見えない事によって、溢れんばかりの情熱と欲求が燃え上がり、髪に込められた彼女の思いや、その熱い血の流さえ読みとれる。
確かに、この僅かな章句で能『井筒』が全て表現集約した訳ではない。
しかし、一方で『黒く伸びやかな髪』を能の中へ、強く印象付ける歌である事は間違いないのだ。
舞うこともなく、動きを見せない表現の粋『居クセ』は、能における典型的な演出だと思う。
我々が、能『井筒』を楽しむ上で、大切な要素の一つが『居クセ』なのだ。
動かぬシテを存在を単純に受け取るよりも、積極的に謡いの世界、この章句を聞く事で伊勢物語『井筒の娘』と感応出来たら…と願ったりする。
