自然居士と鵺
観阿彌作と伝わる能『自然居士』(自然居士)、その主人公は、人買いから幼い少女を救う若き宗教者であり、例えるならアポロン的使命観に基づく躍動する英雄である。かたや、その観阿彌の子である世阿彌が作者と伝わる能『鵺』は、アポロンとは非対称にして、ディオニュソスに似た運命観を漂わせる異端な存在を描いた名作の一つである。
『鵺』は遺伝子学や生物学的にはキメイラであり、被るものは『永遠に承認されぬ命』であった…平家物語原作では、単なる『頼政の鵺退治』談が典拠として選択されたが、能として作品化された過程において先行する古典作品群…私見では『古事記』に描かれた最初の子(ヒルコ)の悲劇を連想せずにはおれない。
女性が誘いをかけて生まれた…それだけで奇形となり捨てられる(ヒルコ)は、けっして人とは認識されず人にはなれない命である。キメイラとして世に見放された『鵺』とは、いわば相似をなすと思う。
中世の同時期に成立したと考えられる二つの作品を眺めると、古来から日本人の文藝指向には多様な意匠が存在して、両立してきたのが理解できる。
ゆえに、能作品が単純な娯楽として成立しない理由の一つに、古典芸能としては今なおも、鋭い前衛思想の位置にあるからだ…と思ったりするのだ。
