元師匠
明日は興福寺勧進能
1部『自然居士』(じねんこじ)
2部『鵺』
1、2部ともにシテ浅見真州
国立能楽堂
浅見真州師は、私が学生時代に一年間だけ、お世話頂いた元師匠でした。
能を撮影する道を選んだ契機も、ここから始まっていたと思います。
真州師曰く『能は美しく見せるものだ…力が入っているように構えたり、動いたりしては駄目だ…体の奥に力を込めて、お囃子と謡いに乗るんだ。そう、美しく舞うものだ…』
元師匠から、能という世界を根拠にした明確な理屈と実践で、たいていは叱られながら稽古を重ねたのが、私の人生で財産でした。
それから数十年経過した現在…ところが、私は心の中で快哉を叫ぶほどには、元師匠を撮影で捉えきれていません。
舞台の動きに、微妙に私が遅れてしまうようです。
『間合い』…舞い手の身体意識に飛び込んでゆく撮影が、私の目指す能楽写真であり目標とすれば、私は元師匠に、明らかな遅れをとっている…そういう事なのかな。
能の型や舞姿などの『間合い』は、剣術の一瞬の打ち込みに似て、明らかな差を有するので、逃してしまうと取り戻せない。
今日から明日は精進して頑張らないと…。
