謡曲『籠太鼓』所感 | HOODのブログ

謡曲『籠太鼓』所感

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謡曲『籠太鼓』の作中、関清次が何某を斬った理由は述べられていない。
また妻も、夫が逃れた場所まで知っていながら斬った理由は一切触れようとはしない。

そこで何某が斬られた理由として、清次の出世や妻女に対する横恋慕と嫉妬と解釈した。
この解釈は私見である。
何某は清次の妻に言い寄ったか、あるいは犯したと吹聴したのが斬られた原因であろう。
しかし、かのルクレッツアのごとくに、身の証しをたてれば妻は自害しか手はなく、また妻が死ねば夫は松浦に弓を引く事態にもなる。

謡曲には『武家人情物』とも言うべき作品群がある。
『鉢木、横山、盛久』など困難があっても善意の人々によって解決する展開の能である。

『籠太鼓』の面白さは、たった一晩で展開する時間の早さと心理劇である。
劇中に舞を織り込んでいるが、主題は妻と松浦の駆け引きであり、清次の妻と領主松浦の二人の狙いは、逃げた清次を周囲に納得させた上で赦免に持ち込む事だ。
妻の狂女は、事件解決を図りたい松浦にとっては賢婦の謀だったに違いない。

この能『籠太鼓』の背景には、部下が妻を差し出す…横暴な要求の当主がむしろ当たりだった事実がある。

かの織田信長などの各武家法や諸法度にも『他人の妻、部下の妻を求めてはならぬ…と』
厳しく書いてあるらしい。
能『籠太鼓』は一時間足らずの短い能であるが、何か違う曲趣の能と組み合わせる、あるいは娯楽的に企画して見る能としては飽きのない作品だと思う。

能番宣ブログ転じて、能楽三文ショートになりつつある。

文中の貧しい表現は恥ずかしい限りだか、様々な解釈を楽しみながら能を見る…そういう手段を模索中なのである。