母子邂逅能
第十一回金春流
櫻詠会『百万』山中一馬。
先日もブログでお伝えしたようにブログ友である『龍の末裔』氏…金春流シテ方山中一馬師の能『百万』が、神楽坂矢来能楽堂で、明日五月二十二日に主催される。
開演時間は午後二時。
6000全席自由
2500学生
アメブロ『龍の末裔』ブログにて割引あり。
ところで、もう一人の主役『子方』について、考えてみたい。
『百万』など、一連にある母子邂逅能では『子方』なくしては、ほぼ成立しない。
おおよそ『子方』は、能の冒頭より登場し終章に至り僅かな問答を脇方とする…その間、座ったまま微動にぜす子供には、容赦なく大変な修行場である。
子供にとって、どうして舞台上に自分が存在する事のか…そこを解釈するだけで精一杯なのでは、と思う。
世阿彌時代は、ありのままに演技するのが子方に求められた仕事であったろうが…。
この生身の存在が能のリアルさになるのだが…世阿彌時代は本来の狙いだったかは不明であり、当時から変化した現在の能演出を考えると、『子方』は修練を施して子供らしさを捨象し、一つの『子の象徴性』を果たしていると考える。
ゆえに能における『子方』は芝居の『子役』ではない。
『子役』は具象性であり虚構であって、その枠内で演技が定義されていると思うが、『子方』の演技はシテ方や脇、狂言方と同じ演技領域に属していると見られるのだ。
母子邂逅能を楽しむ一つに、この子方とシテの感覚や距離感などに加え、子供が舞台にいる華やかさがある。子供の持つ華やかさ、生成の味わいを能で味わうのも…能が演劇である面白さ、その一つ。
是非、能楽堂へ…。
