裂け目 | HOODのブログ

裂け目

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だいぶ以前。
とある野球解説者が、『守備は練習を重ねれば上達するし、課題も克服できる。
しかし、打撃は天分の才が占める範囲が大きい…』

結構、選手には残酷な評価だなぁ…と、当時は感じたものだ。

私の周辺ならば、写真の話に関連付けて『仕事』として考えてみる。
デジタル時代の写真は、映像と写真の境界が曖昧になりモニターの中で眺める対象に変わった。
携帯も含めて、サイズ相応に綺麗に写る。綺麗に写す…その
労苦から開放された撮影は、素人でも遜色なく結果を手に出来る。
画像処理のスキルさえ上達すれば、さらにイメージに近い作品になるのだ。
そうして、多くの機材とパソコンに投資して一人の写真家が生まれる…はず、であろうか。


何より、写真及び映像に求められるのは『記号化されぬ対象』…つまり、唯一つの一枚のリアリズムなのだ。
撮影者と被撮影対象が濃密に関連した作品…それが写真映像の完成域である、と思う。

その被撮影対象を見いだして世に送り…問う事が、可能な作品を打ち出せる人が『才能』と呼ぶのだろう。

何を撮影しようと、作品性を問われるのは間違いない。視感のない鮮烈な写真映像を平凡な風景から切り出す事…
それは、ごく少数の才能に与えられた特権なのだ。

軽い痛みに似た挫折も、時には甘美な記憶となる。だが、多くの場合は…その挫折が記憶を断絶する程に激痛となるのだ。