濁世の人間 | HOODのブログ

濁世の人間

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天気が良い。

晴天に恵まれて喜ぶ人がいる。

晴れを口惜しく思い眺める人もいるはずだ。

意志を込めて発する言葉。正邪含めて、発する言葉によって人の未来、その日一日の時間や流れも変化する。

例えば、能は動きも少なく台詞や描写は地謡に委ねて展開される。

型が説明的であったり、冗長で余計であると『能らしくない…』と目利きの人は言う。

型を、動きとして重ねるだけに終始する事。

それは、私が師匠によく言われる『君のは型を追っているだけ…』…型をという動きを身体にて、言語化して発する作業が能の稽古だと感じる。

日頃使う言葉も、実は同じなのだ。

人生は百年たらずだ。
人生を半ば生きてきた私に、使う言葉の無駄は残されていない。