撮影者の責任 | HOODのブログ

撮影者の責任

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朝方、テレビニュースで『撮り鉄事件』を取り上げていました。以前から言われているように鉄道撮影に及ぶ一部写真家が起こした列車妨害などの件です。
まさに、森に入って山を見ず…ですが、これは本質的な部分、社会や人々がみだりにカメラを向けられる事に疲労している、嫌悪を始めた現れなのだと思うんです。
今では、会社内にも社員監視カメラがあり、駅や往来には防犯カメラ、有名人や有力者にはパパラッチ、国防施設にはスパイ…子供や若い女性には痴漢撮影が…どこでも何者かのカメラがあって失敗なく撮影されてゆく。オーウェルの小説『1984』に近い状態…ですね。極論からすれば、家族写真と必要な報道写真以外は撮影しないで欲しい…これが、たどり着く未来ではないでしょうか。
かの秋葉事件の時、携帯写メを向ける人々の存在に賛否がありました。
人が死に瀕する状況を写真に納めるならば、その人の死を家族などに伝える義務、責任があります。その自覚なしに写メを向ける…それは暴力行為と変わりはない。
私はヌードが氾濫しても戦争よりマシだと思っています。
大切なのはマナーや秩序ではなくて、責任の定義なんですね。撮影する自由と保障を維持する自覚…足りないのでしょうか。