創業250年になるCoatsは、全世界の衣料/服飾雑貨市場向けに繊維の製造と供給を行っている。同社の繊維を使用する製品は、靴やマットレスから英Liptonのティーバッグまで多岐にわたる。70カ国に168の拠点を構える同社は、全世界から収益を上げながら各地域に即したサービスを提供するという、多くのグローバル企業と同じ課題に直面している。これは、同社CIOのリチャード・カミシュ氏がIT部門を従来の組織から21世紀の組織にリエンジニアリングする中で取り組んでいる多くの課題の1つである。



 同氏はCoatsの経営陣に名を連ね、ここ3年間、IT構造の再編に取り組んでいる。IT構造再編の1つが、地域ごとに分かれていたITチームを、グローバルな視点を持った一元的なチームに移行することだ。



●Microsoft Lyncの能力



 同社は、自社データセンターでは「Microsoft Lync」を、クラウドでは「Microsoft Office 365」のグローバル電子メールシステムを使用している。カミシュ氏は、このコミュニケーションプラットフォームの能力を当初は全く評価していなかったという。



 「当社は、米Microsoftのテクノロジースタックを採用し、オンプレミスにLyncを導入した。ネットワークには英BTのMPLSを使用している」と同氏は話す。その結果、同じ環境で音声通話と電子メールを扱えるようになり、ビデオ会議のサポートが可能になった。「電子メール移行プロジェクトはIT構造再編の一面にすぎない。現在は高品質なサービスを大幅に低いコストで運用している」と同氏は付け加える。



 「私は運用面でかなりの裁量権を与えられたため、今はテクノロジーに力を注いでいる。テクノロジーは多くのものをもたらす」と同氏は話す。



●グローバルメッセージ



 ITの一元化は実現したが、従業員は「業務の実権を失った感覚」からグローバル化に不安を感じるようになっている、とカミシュ氏は言う。これは、経営陣とITチームが手を携えて取り組まなければならない課題だった。



 「グローバル化のコンセプトを取締役会や組織のメンバーに売り込まなければならなかった」と同氏は話す。だが、運用モデルが変化すると、従業員は何が得られるのだろう。「それは能力開発だ。製造現場のテクノロジーに重点を置いたキャリアを構築できるようにする」と同氏は言う。



 全社的観点からは、グローバルなIT機能を実現することで、リソースを効率的に使用できるようになり、知識の伝達が円滑になる。さらに、グローバル化によって供給拠点が簡素化され、スケールメリットを活用できるようにもなる。



 ITのグローバル化に向けた変更管理プロセスでは、RACI(Responsible:実行責任者、Accountable:説明責任者、Consulted:協業先、Informed:報告先)というシンプルな運用フレームワークを使用して、一般的な役割分担を明確化している。カミシュ氏は、グローバル環境における各従業員の役割を伝達する手段としてこのプロセスを提供している。



 同社の事業には2つの側面がある。1つは、一般消費者を対象に米Walmartなどの小売店を通じて材料を販売するクラフト事業。もう1つは、製造業を対象に素材を供給するB2B事業だ。RACIを使用することで、従業員はIT部門、人事部門、サプライチェーン部門、経理部門の役割を理解できるようになった。



 IT戦略にもRACIを当てはめるため、同氏は戦略的プロジェクトでの短期的役割分担を設定している。



●グローバルITの事例



 カミシュ氏が監督した大きなグローバルプロジェクトの1つは、時代に合わなくなった「Lotus Notes」からOffice 365への移行だ。



 「電子メールとコラボレーションは、特にホワイトカラーの従業員には普及しているテクノロジーだ。実施する全てのプロジェクトの中でも、電子メールが最も注目される」と同氏は話す。



 同社が電子メールの移行を決めたビジネス上の理由は、利益性の高いセールスの拡張、生産力の増強、チームワーク向上の3つだ。カミシュ氏によれば、同社はデータセンターの運営とLotus Notesの利用という点で米IBMと提携していたが、移行のタイミングが来ていたという。



 「変化を促し始めると、さまざまな細かい点や複雑な点が明らかになる。使用していたバージョンのLotus Notesが最先端のツールではなかったことから、電子メールのアップグレードの希望が出た。出張の多い従業員からは、同期と接続性の問題点が数多く指摘された」と同氏は話す。



 同社は、Gmailへの移行や最新バージョンのLotus Notesにアップグレードすることもできたが、Microsoftの製品が業務に最も適していたという。「以前は後れを取っていたが、Microsoftは企業電子メールで異なるアプローチを取るようになった。価格構造がより明快になり、Microsoftのツールキットが機能豊富になった」



 業務に関する議論を行い、Microsoftのソフトウェアの普及に努めると同時に、Coatsの企業文化の変化とのバランスを取る必要があったと同氏は認めている。「CIOを18カ月務めてきて、当社はリスクに対して意欲があることが分かった。当社はリスクを負うが、従来型の企業であることに変わりはない」



 カミシュ氏にとってOffice 365は、最新かつ使い慣れているという2つの点で最適だった。「従業員を教育する必要はなく、製品自体が非常に分かりやすい」と同氏は話す。



●移行チーム



 チームにはMicrosoft、米Dell、米InfraScienceも参加し、5カ月かけて7500人のユーザーをグローバルに移行した。Coatsは移行を円滑に行うため、Dellの「Notes Migrator for Exchange」と「Coexistence Manager for Notes」を使用した。



 DellのNotes Migratorを使用したことで、(帯域幅の狭い国を含む)複数の国のユーザーを業務を中断することなく同時に移行できた。



 同社は半自動のプロセスを使用して、毎晩少しずつLotus Notesユーザーの電子メールの受信トレイをOffice 365に移行していった。



 作業開始直後は、移行プロセスとツールにまつわる問題のトラブルシューティングや解決に追われ、作業の進みは遅かった。これらの解決策が移行プロセスに盛り込まれプロセスが堅牢になっていくと、チームに自信が生まれ、Office 365への切り替え速度も上がっていった。



 「これは、共同作業のプロセスだ」とカミシュ氏は話す。「何か問題が起こっても、罰を受けることはない。健全な精神があれば、協力して作業することができる」。その結果、移行作業に弾みがつき、毎日250~300のユーザーを移行できるようになった。「非常にうまくいった点は、ユーザーのLotus Notesアカウントを無効にした30秒後にはOffice 365の使用を開始できたことだ」と同氏は付け加える。



 カミシュ氏にとって、Office 365への移行は、グローバルITプロジェクトを実行していく上でのベストプラクティスを示す独自のケーススタディになった。「グローバルな視点がなければ、プロジェクトが実行に移されることはなかっただろう」と同氏は言う。