天に宝を積む マタイ6 19-21

 

あなたがたは自分のために地上に宝を積んではならない。

そこでは、虫が食い、さびつき、泥棒が忍び込んで盗み出す。

あなたがたは自分のために、天に宝を積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くことも、泥棒が忍び込んで、盗み出すこともない。あなたの宝のある所に、あなたの心もあるからである。

 

 

******************************

 

これはどういう意味でしょうか?

 

私なりに考えてみました。

 

私たちはこの地上で、地位や名誉、お金を求めます。

それらのものが自分たちを幸せにすると思うからです。

それらのものを得ることで他者から称賛されたり、尊敬されると思うからです。

 

確かに、これらのものは一時的に私たちを満足させるでしょう。

幸せも感じさせてくれるでしょう。

 

しかし、これらの幸せは永続的なものではありません。

 

私たちはこの地球上に何をしに来たのでしょうか?

 

どのような経験を得たいか、どのような経験、世界を必要とするかはひとりひとり異なるでしょう、

 

しかし、それらの経験によって、霊的な成長が人間には求められていると思います。

 

人が死んだあと残るものは何でしょうか?

 

天に地上で得た地位や名誉やお金を持っていけるでしょうか?

 

それらで天に入ることはできるでしょうか?

 

人はこの地球上で魂に何を刻みますか?

 

澄んだ光と愛ですか?

 

それとも嘘と支配と嫉妬にまみれた煤に覆われた魂を望みますか?

 

天に宝を積むとはどのようなことか、人間はよく考えて生きることが大切だと思います。