天に宝を積む マタイ6 19-21
あなたがたは自分のために地上に宝を積んではならない。
そこでは、虫が食い、さびつき、泥棒が忍び込んで盗み出す。
あなたがたは自分のために、天に宝を積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くことも、泥棒が忍び込んで、盗み出すこともない。あなたの宝のある所に、あなたの心もあるからである。
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これはどういう意味でしょうか?
私なりに考えてみました。
私たちはこの地上で、地位や名誉、お金を求めます。
それらのものが自分たちを幸せにすると思うからです。
それらのものを得ることで他者から称賛されたり、尊敬されると思うからです。
確かに、これらのものは一時的に私たちを満足させるでしょう。
幸せも感じさせてくれるでしょう。
しかし、これらの幸せは永続的なものではありません。
私たちはこの地球上に何をしに来たのでしょうか?
どのような経験を得たいか、どのような経験、世界を必要とするかはひとりひとり異なるでしょう、
しかし、それらの経験によって、霊的な成長が人間には求められていると思います。
人が死んだあと残るものは何でしょうか?
天に地上で得た地位や名誉やお金を持っていけるでしょうか?
それらで天に入ることはできるでしょうか?
人はこの地球上で魂に何を刻みますか?
澄んだ光と愛ですか?
それとも嘘と支配と嫉妬にまみれた煤に覆われた魂を望みますか?
天に宝を積むとはどのようなことか、人間はよく考えて生きることが大切だと思います。
