私たちは失敗した自分を責める。時には自分をダメな人間だと思うこともある。そして人を責めることがある。
だけど失敗それ自体は、自分のあなたの本質ではない。
単なる経験である。
目の前の失敗は単なる失敗ではないかもしれない。
多くの人は物事の表面しか見ていない、もしくは見れない。
あなたがしたことは私がしたことは目に見える、表面だけみてもその出来事の本当の意味はわからないことがある。
しかし、多くの人は目の前の出来事の表面しか見ていない。
例えば、家庭内で両親がとても大切にしている高価な皿を割ってしまったする。
表面だけ見れば、割った人の単なる不注意かもしれない。
しかし、もしかしたらその出来事は、その家族内の忍耐力だとか、愛を試されているのかもしれない。
その皿を割ったという出来事に対して両親はどのような態度をとるか、それはその人の人としての性質、人としての成長度合いが試されていると思う。
一つの出来事に対して人それぞれの態度が現れる。
そこにはその人の成長の度合いが現れるのだ。
人はあまりにも目の前の出来事の表面にとらわれ過ぎると思う。
目の前の出来事は、単なる出来事、経験でしかない。
大切なのはその出来事、経験にどう対処するかだ。
その一つの出来事に関わる全ての人に学びがあると思う。
出来事は単なる経験であり、その人その物事の本質ではない。
人は出来事をとおして学ぶため、一見して損な役割を担うこともあるが、やはりそれは単なる経験であり本質ではないと思う。
しかし、そのことに気が付くまで、人は自分自身に振り回され、自分の人生に振り回され、その結果、自分自身の人生の主人公になれないと思う。