年末になると、清水寺で「今年の漢字」が発表され、去り行く年の世相を回顧することが定着して久しいが、T京S聞論説委員集団が「日本で一番早い今年の漢字」なる物を発表、漢字1文字で今年1年を予想した。
政治担当の竹内洋一は「高」を掲げ、「高」市内閣の支持率は「高」い水準にあり、ご祝儀相場はすぐに終わると「高」をくくることはできない。「高」市人気が当面衰えないのは政策や指導力への期待が「高」いからだが、減税効果を上回る物価「高」騰が長く続けば、首相の「高」が知れたとなり、誰しも自分の懐具合には勘定「高」いので、「首相は『高』転びしないように、物価の抑制に衆知を集めなければなりません。」云々と、「『高』尽し」で御「高」説を垂れるが、「切り取り報道」「印象操作」で足を引っ張らないでもらいたい。
同じく政治担当の清水俊介は「換」を掲げ、政界が転換期・多党時代を迎え、26年続いた自民党と「カルト教団政党」の連立解消が「熟年離婚」なら、「新婚」の自民党と維新の会の不仲が「スピード離婚」に発展することも「想定シナリオの一つ」と指摘、与野党の連携相手の「乗り換え」と、その先の国民生活への注視を語ったが、芸能レポーターさながらに、手ぐすね引いて「スピード離婚」を待ちわびていることだろう。
社会担当の臼井康兆は「危」を掲げた。「危」という漢字は「崖っぷちの状態」を現しているそうで、「まさに今の日本の状態を示す言葉です。」と危機感を露わにし、高市政権の国債増発が金融市場の不信を増し、インフレが暮らしを直撃、人口減少が深刻な人手不足をもたらしているのに「政権は外国人の規制には熱心ですが、労働者として迎え入れる人数は心細い限りです。」と不安を漏らし、「危機を直視し、手遅れになる前に崖から引き返す。そんな年になるよう警鐘を鳴らします。」と締め括るが、「崖から引き返す」ために、高市早苗は「働いて×5」いるのではないか。
女性・人権・教育担当の佐藤直子は「歩」を掲げた。台湾有事絡みの高市早苗の発言を「浅慮」と断罪、「先の大戦で大本営発表を流し、戦争をあおったメディアの責務は二度と戦争をさせない報道です。これからも『戦後』を歩いていく。後の世代まで平和であるよう、力を尽くします。」と決意表明するが、「被団協」みたいな「片手落ち」は、厳に慎んでもらいたい。
環境・原発担当の河郷丈史は「心」を掲げた。「心」を部首とする漢字の中で、冷淡な印象を放つ「忘」は心を亡くすと書くが、柏崎刈羽原発・泊原発の再稼働が決まり、美浜原発の原子炉新設方針が示された昨年は「忘」の年で、原発の危険性や東日本大震災の被災者の辛苦を急速に忘れ去ろうとしており、「『忘』にあらがう字」を考えると「心」が入る字ばかり浮かび、「被災者の『怒』りや『悲』しみを『想』い、原発事故の『恐』しさを記『憶』に刻む。教訓を未来につないでいけるかどうかは、やはり私たちの『心』のありよう次第だと思います。」と結ぶ。しかし、原発反対派は、メガソーラーパネルの乱立に大華国の黒い思惑が隠されていること、メガソーラーパネル豪雪地帯では積雪量の多さに耐えきれず、沿岸地域では海風で錆び付き、無残な屍を曝していること、釧路湿原では住民の反対にも関わらずメガソーラーパネル設置が強行され、北海道知事・鈴木直道の辞任要求デモが実施されていること等々を、綺麗さっぱり「忘」れているのではなかろうか?
T京S聞曰く、社説を執筆する論説委員は、東京・名古屋両本社の「論説室」に所属するベテラン記者で、「論説室」は編集局から独立した組織であり、社説に署名がないのは「個人の意見」でなく、議論を経て決める「新聞社の主張」だからで、経営陣が内容に介入することはないとのこと。であるならば、尚更「不偏不党」「公明正大」「公正中立」であるべきと考えるが、それではT京S聞らしさがなくなるか?