中国雑話中国的思想(酒見賢一) | トオルのブログ

中国雑話中国的思想(酒見賢一)

トオルのブログ-酒見賢一
これは前から持っています!


中国武術の歴史や系統立った研究を困難にしていることの一つには、その資料の少なさがあげられる。中国は史の国であり、物事を記録するということについてはただならぬ執念を持っているのだが、こと武術に関しては非常につれなく、諸道芸術の膨大な記録群に比べれば武術関係書は無きが如き数である。まず信頼性の高い武術関係書が書かれるようになったのは清代以降であるといえ、それ以前のことは証明し難い伝説であることが多い。


中略


そもそも武術家の社会的地位が極めて低かったせいでもある。


中略


近代の武術家は呑気に稽古もしていられず、清末の動乱、抗日戦争、中共軍と国民党軍の内戦といった動乱期を生き抜かねばならなかった。中華人民共和国の成立で落ち着いたのも束の間、文化大革命が起こり、これは旧弊打破迷信破壊の運動でもあったが、武術家も標的にされた。


・・・・中国にも優れた武道家が沢山いたんだろうけど、戦争、内戦、文化大革命で、かなりのダメージが!


話を戻せば気功であるが、気功という言葉は意外と新しく、ほぼ現代中国語である。気功とは気の功夫(鍛錬)という意味であり、自ら心身に気を充満させ、コントロールする行法である。


中略


そして武術家たちも気功の極めて有力な伝承者であった。しかも現実に生き死にに直面するのが当然であった武術家であるから、無効なもの曖昧なもの無駄なものは徹底的に削ぎ落とされていった。今はそれを硬気功、武術気功と呼んでおり、汎く太極拳も含まれ、もちろん医療気功と対立するものではない。仙道や道教の気功と原理は同じなのであろうが、ともすれば秘教的神秘的に伝聞されるそれらに比べ、武術家の気功はざっくりと分かりやすいのが特徴である。ただし頭で分かりやすいのではなく、身体で分かりやすいということだが、気功である以上それはしかたがあるまい。心身による具体的体験なくば、気はいつまでたっても理解不能なものなのだ。


・・・・まあ、その通りですね!具体的体験は大切です!


日本伝来の古神道の気合い術と、気功は、どういう関係なのか?ちと研究課題です!


他に、王向斉とか、易とか、仙人だとか、興味があるヒトは、是非是非♪