日本の怨霊(大森亮尚) | トオルのブログ

日本の怨霊(大森亮尚)

トオルのブログ-大森亮尚
心霊づきあい 11人の作法(加門七海)で、”発見”!


http://ameblo.jp/ntoru/entry-10937923818.html


たまりかねた桓武天皇は長岡京を放棄して、延暦十三年遷都の詔勅を発する。山背国を山城国と改め、新京を「平安京」と名づける。「平らけく、安らけくあってほしい」という願いを籠めた命名であろう。これ以後およそ一千年にわたって日本の中心となる京がひらけたことになるのだが、この明るい新京の門出は、実は暗い怨霊によってやむなくもたらされたものであったといえる。


・・・・平安京とは、ご存じの京都!早良(さわら)親王のお陰(?)で、京都が始まっています!


宮司から、今の皇室と怨霊との関係もつぶさに教示いただきありがたかった。


宮中三殿といわれる三つの建物の中で、「皇霊殿」という建物には歴代天皇のいわゆる位牌のような天皇名を刻んだ札が奉られており、その中に早良親王など怨霊になった方々の札も奉られていることなど、一般の我々には知りえない情報までも得られたからである。


・・・・天皇家がニッポン文化の表、陽とすると、怨霊になったヒトビトは、裏で影、陰なんだそうです!


早良親王などのお札も奉られているとは、ちとビックリですね!


誰でもってワケではありませんが、判るヒトには面白い本でしょう!


大森亮尚(あきひさ)氏自体も、興味深いです!