「object」一語が「対象」やら「目的」と訳されることで
腑に落ちた。
 
この言葉の包含範囲こそ、まさに…
 
強迫観念がまさに「obsession」であるように。
 
 
「執着」は何も、
好ましきに対してのみ、するものではない
 
辞書を引けば
強迫観念を表すobsessionの同義語にcomplexがある。
 
■コンプレックスからの、執着
 
コンプレックスの「土俵」を同じくする者への執着。
 
「同じ土俵の他者」を叩くことで、コンプレックスを払拭する。
コンプレックスが強いほど、叩く対象にしがみつく。
 
以前の
非常に粘着質な荒らしコメント投稿者が
一度だけ理性的な文面を見せたとき
「僕は医学部に行かなければという『強迫観念』が」…
 
「強迫観念」?
「オブセッション」?
転じて「コンプレックス」。
さらに転じて叩く対象「オブジェクト」としての私?
 
つながった。
 
 
■対象がなければ狂うということ
 
看板を持ってただ立っているバイトの精神ストレスに同じ。
 
盲目的に「対象」を求めるのが人間の本能。
 
ただ立たされたとき
自分の指の「ささくれ」ごときにすら執着しかねない。
 
 
ここである一節を思い出す。
 
芥川龍之介「羅生門」
 
下人は…(略)…右の頬にできた大きなニキビを気にしながら、ぼんやり…
 
この一文はなにも、
主人公の年齢やら情景描写にとどまるものではなく、
「対象に執着する人間の本能」を浮き彫りにする。
 
「対象」自体が執着に値するか否か、弾劾されるべきか否かとは無関係に…。