中学時代は柔道でオリンピックに出るのが夢で、同級生からのイジメがきっかけで放課後の部活にしか出なくなっていた。
 
中学の内容を習いすらしていなかったので、県で最低合格点の高校へ進学して柔道だけやっていたら当然、
全科目赤点で進級が危うくなった。
 
そのとき、柔道部の顧問の先生が本気で私を心配して、部活終了後に終電の時間まで私と一緒に学校に残って数学と物理を教えてくれた。
 
私のためにそこまでしてくれた先生に応えたく勉強もするようになり、0点が次のテストで満点に変わり、数学と物理以外でも学年最高点になった。
 
 
「他人のために一生懸命になって他人を変えられる職業」に憧れを抱くようになり、高1冬には教員を志すようになった。
 
それを言ったら「この高校から大学に行った人は一人もいない。無理だ」と笑われたので
 
「だったら大学に行ける高校に入り直します」と言って実行した。
 
 
入り直した進学校は、やる気のない生徒ばかりだった。

「進学校の生徒がこれか?自主性がない。自分で進学校を選びながら勉強が嫌だと愚痴ばかりだな」。
進学校在籍中は絶え間なくそう感じていたため、自然に教員という職業に興味をなくした。
理系から文系に変更して、語学に興味を抱いて東京外語大を志望するようになった。