日本海軍は航空機の脅威に対して空母を敵の航空機から守る防空直衛艦の建造を計画した、(--〆)😠🤬👿。計画では長10センチ高角砲(65口径)連装4基8門を搭載して速力35ノット以上、航続距離は18ノットで1万キロとしたが、それでは排水量が4千トンを超えるということで速力33ノット、航続距離は18ノットで8千キロとして基準排水量2700トン、満載排水量3888トンにまとめた、(^_^;)😇😅👿。
主砲の長10センチ高角砲は65口径と砲身長が長く最大射程19500メートル、最大射高14700メートル、毎分発射速度19発と極めて優秀な高角砲だったが、射撃統制装置は94式高射装置という光学照準器で米海軍のレーダー射撃統制装置には劣っていたというが、米海軍のレーダー射撃統制装置もさほどではなかったと言うし、日本も捜索レーダーは装備していて光学照準と併用すればレーダー射撃も実用域に達していたともいう、😇😉。
秋月型は長10センチ連装高角砲を艦の前後に2基ずつ4基を背負式に装備していたが、この高角砲は極めて複雑精緻な高角砲で量産には向かなかったそうだ、(^_^;)😇😉😅。秋月型は標準の駆逐艦よりも一回り大型で重厚な艦型だったので米海軍は巡洋艦と認識していたそうだ、(^_^;)😇😅😉。当初は魚雷発射管は装備しない予定だったが、4連装魚雷発射管1基を装備して水雷戦隊旗艦なども務めている、(^_^;)😇😅😉。
秋月型防空駆逐艦は1斉射でB17を2機撃墜したという話があるが、実際は1機だったとか、(^_^;)😅😇。しかし艦船の対空射撃は大型機には強かったそうでレイテ沖海戦の後で来襲したB24を艦隊の対空射撃で多数撃墜したとか、(^_^;)😅😇😉。秋月型防空駆逐艦は今で言うイージス艦のように艦隊を経空脅威から守る艦で性能的にはよくできた防空駆逐艦だった、😇😅😉。
ただ日本の対空火器は高角砲と25ミリ機銃の間を埋める英米の40ミリ機銃、ドイツの37ミリ機銃と言った大口径機銃があれば更に威力を増しただろう、😇😉😅。25ミリ機銃は射程が1000から1500メートル程度で高角砲と機銃の間を埋める火器がなかったのは痛かった、(^_^;)😇😅。
秋月型駆逐艦は12隻(他に未成艦1隻)が建造されて6隻が戦没、残った6隻は復員輸送などに使用された後に賠償艦として連合国に引き渡されたり防波堤にされたりした、(^_^;)😇😉😅。戦争中期から後期の激戦をソロモンやマリアナ沖、レイテ沖、最後は戦艦大和とともに戦った秋月型駆逐艦はその役目を立派に果たしたと言えるだろう、(--〆)😠🤬👿。
ただ後期建造艦の名前は宵月、春月、花月などというちょっと艶めかしい名前がつけられたが、一部の士官は「待合の名前ばかりつけやがって」と毒づいたりしたという、(^_^;)😅😉😇👿。