こうして僕たちは変な女4人とこれまたおかしな猫1匹でなんだかんだと暮らしていたが、そんなお気楽な生活を一変させるようなとんでもないことが降りかかった。その晩、どら猫とじゃれていると電話が鳴った。何だろうと思って見ると社長からだった。驚いて電話に出るとあまり聞いたことのない重苦しい調子の社長の声が耳に入ってきた。
「佐山さん、夜分に申し訳ない。実は総務課長が警察に保護されたようだ。詳しいことは分からんのだけど、・・」
と言い始めて結構詳しく事情を説明し始めた。社長の話では総務課長さん、マンションの屋上で柵を乗り越えて建物の淵に立っているのを通報されて保護されたらしい。さほど大きくもない会社だし、総務と言えば近いのでご本人のことは知っているが、お付き合いがあるわけでもなくどうして僕に電話してきたのだろうと思っていたら、社長、僕に警察まで来てくれと言う。「私一人でいいですか」と聞くと「佐山さん一人で十分」とか言う。
「悪いんだけどタクシー拾ってすぐに来てくれ。タクシー代は経費で落とすから」
社長はそんな気楽なことを言うが、僕は裏に何かとんでもないことがありそうで何だか嫌な気がした。取り敢えず女土方に事情を説明してタクシーを呼んで車が来るまでの間に支度をした。そして間もなくやって来たタクシーに乗り込むと指示された警察署に向かった。総務課長さんは天王洲の高層マンションにお住まいで大した給料も出せない会社の割には優雅な生活をしているとは思っていた。そんな人がどうしたんだろうと訝りながらあれこれ考えているうちに警察署に到着した。そして門番をしているおまわりさんに用件を伝えると中に案内してくれた。警察署と言うのは何だかいつ来ても重苦しい雰囲気があって楽しからざるところではある。もっともここが楽しかったらなお困るだろうけど。
門番のおまわりさんが「佐山さんがお見えです」と事務所に声をかけると中からオッサンが出てきて「生活安全課の何とか、聞こえなかった、・・です。社長さんはお見えですのでご案内します。こちらへ、・・」とか言うとエレベーターで4階に案内した。そこは生活安全第一課とか言う部屋だった。そう言えば僕は刑事課の方に縁があったっけなあ。オッサンは取調室とか言う小部屋に案内してくれた。そこには社長と涙をぼろぼろこぼしている総務課長がいた。
「ああ、佐山さん、わざわざ出てもらって申し訳ない。こっちはもう終わったんだけどこれからちょっと付き合ってもらえないだろうか。彼の家まで。」
社長は、「さあ、・・」と総務課長を立ち上がらせて部屋の外に導いた。そして外に控えていたオッサンに「いろいろお手数をおかけして申し訳ありませんでした。今後よく看護してこのようなことのないよう十分注意しますので、・・」と頭を下げて総務課長を連れて行くので僕も後ろについて行った。警察署から社長の車で総務課長の自宅マンションに行った。マンションに着いて何となく渋る総務課長の背中を押すように総務課長の部屋に入った。そして中を見て唖然としてしまった。カナルサイドの近代的な高層マンションの中はまさにゴミ屋敷と言う言葉がぴったりなほどものが散乱して足の踏み場もない状態だった。そしてリビングに背を向けて座っている女性が目に入った。
「妻です。」
総務課長がぼそりと言った。女性は振り返ると「あら、誰が来たの」と僕たちを見て言った。そして総務課長を見て「良くお出でになるのね。どこかで知合ったのかしら。でもうちには主人がいるのであまり来てもらっても困るわ、ハハハ」と笑い声をあげた。社長と僕は息を吞んで顔を見合わせた。
「どうされたんですか。奥様、・・」
僕がそう言うと総務課長はしばらくうつむいていたが、深呼吸してから「妻は認知症なんです、若年性の。もうほとんど状況が理解できないし、自分が誰かもわからなくなっています。もちろん私のことなんか全く分かっていません。夫は別にいると思っているようです。そしてその夫は出張していると。でも夜中に私を起こして『ここはどこだ』と聞いて来たり、トイレが分からなくなってクロゼットのドアを開けまくっていたり風呂に入ったり歯を磨くことも分からなくなっているようで私もどうしたらいいか途方に暮れて妻を殺して自分も死のうと思ったりもしましたが、私を見てあんなふうに明るく笑っている妻を見ると不憫でどうしようもなくなって、・・」と泣き崩れた。
「そんな死ぬなんて絶対にダメですよ。いろいろ助けてくれるところもあります。方法はいくらでもあります。あきらめないで考えましょう」
僕は思わずそう言ってしまったが、何かしら具体的な手段があるわけでもなかった。そこに社長が僕の袖を引っ張った。
「先のことはこれからゆっくり考えるとしてだ、佐山さん、取り敢えず今晩をどうするかだ。ここにこのまま二人を置いておくわけにもいかないだろう。困ったな、佐山さんをここに残していくわけにもいかないしなあ」
社長はそんなことを言ったが、結構本気で僕をここに残していくつもりなのかもしれなかった。こんなところに僕一人残されたらえらいことになると必死で考えた。そしてひらめいた。以前にテキエディが男と問題を起こしたときに二人を引き合わせた部屋があった。あそこなら外カギがかかるし、監視カメラもあるし、勝手には外に出られない。しかもトイレがついている。あの部屋しかない。そう決心すると社長にそのことを話した。それを聞いて社長、「それは好都合だ」とはたと手を打った。そしてどこかに電話し始めた。おそらく金融王に電話してその部屋を使うことについて了解を得ている様子だった。
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