ある日女土方とそんな秘かな逢瀬を楽しんで家に帰るとクレヨンが待ち構えていた。僕たちが二人で外にいたことで文句を言われるのかと思ったら何時ものように「わんわんきゃんきゃん」と言うのではなく何となくもじもじと言いにくそうな様子ではある。またとんでもない変な話を持ち込んだのかとちょっと警戒していると「あのね、・・」と何だか言い出しにくそうではある。
「どうしたのよ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
面倒くさいのでちょっと強く言うと階下に降りて行って何だかでかい箱を「よっこらしょ」という感じで持って上がって来た。
「何よ、そのバカでかい箱は、・・。何が入っているのよ」
クレヨンがその大きな箱を床にドサッという感じで置くと「ギャー」と言うおどろおどろしい声が聞こえた。
「何が入っているのよ。まさか鵺(ヌエ)でも取ってきたんじゃないでしょうね」
僕がそう言うとクレヨンは僕の顔色をうかがいながら箱の蓋を開けた。そこにいたのは鵺や化け猫の方がまだましかと思われるような薄汚い灰トラの大ドラ猫だった。何よりもその見てくれ、車の修理工場の使い古しのウエスのような毛色、そして普通の猫の二倍はありそうなそのデカさ、そしてなんといっても決定的なのは地獄の閻魔様でも顔を背けそうなその憎々し気な面構えだった。
「どうしたのよ、その化け猫もビビりそうな汚らしい不細工な猫は、・・。早く保護センターにでも持って行けば。でもそいつじゃあ間違っても貰い手は見つからないでしょうから最終的には処分ね、かわいそうだけど。」
僕がそう言うとドラ猫のやつ、「ギャー」と鳴いた。こいつ言っていることが分かるんだろうか。
「この猫、今日、おとうさんの知り合いの人からしばらく預かってほしいと持ち込まれたんだけど、・・ねえ、しばらくっていうので、・・。」
「それはあんたが面倒見てやればいいんじゃないの、その化け猫も九尾のキツネも鵺も涙を流すようなその大ドラ猫をあんたが面倒見てやればいいんじゃないの。この御殿ならその大ドラ猫の部屋もいくらでもあるんじゃないの。」
僕がそう言うとクレヨンはまた困り果てたような顔をした。
「お手伝いさんは動物がダメなんだって。」
「別にお手伝いさんじゃなくてあんたが面倒見ればいいんじゃないの。」
そうしたら女土方に「私も生き物は苦手なの。部屋で飼うのはやめてね。」と引導を渡されてしまった。
「あんた、まさかそのポンコツ中古車を100回くらい磨いたようなぼろウエスみたいな大ドラ猫を私に飼えというんじゃないでしょうね。言っておくけど私は犬派だからね。」
僕がそう言うとドラ猫のやつ、また「ギャー」と鳴いた。こいつ人間が言うことが分かっているんだろうか。そう言えば昔馬がしゃべるなんて言うアメリカのテレビドラマがあったな。小説では「吾輩は猫である」を始めとして猫がしゃべるなんてものは多数あるが、確かに猫と言うのは第三者的、客観的な中立者的存在感があるから猫を主体として状況を説明させるというシチュエーションは取りやすいが、実際にしゃべるなんてことはあり得ない。
「よくまあこんな猫を飼う気になったわね。まあしっかりかわいがって面倒見てあげればいいんじゃないの。私が面倒見る義理もないでしょう」
僕がそう言うと知的美人が口を出した。
「引き受けちゃったんだから面倒見てやるしかないわね。まさか放り出すなんてこともできないんでしょう。」
クレヨンは知的美人の言に「うんうん」と頷いていたが、請け負った本人が面倒見てやればいい。しかし、この大ドラ猫、どうしてこんなに堂々とでかくなったんだ。猫と言うよりはゾウガメのような体型だろう。僕は動物には比較的好かれる方だと思う。以前まだ僕が正真正銘の男だったころ、ある人の家に遊びに行くとそこで飼っている猫が寄ってきて膝の上に飛び上がると僕の腿の上で寝ていた。もう一匹は飼い主が「他人の前には絶対に姿を見せない」と言っていたが、僕のそばに寄って来ては膝の上を争って先客の黒猫と猫パンチ合戦を繰り広げていたのを見た飼い主がびっくりしていた。犬にも好かれるようだが、最近流行りのネズミだかモグラだか分からないような肉食獣の末裔の誇りを忘れたようなちんころとはあまり相性が良くない。でかい犬がいい。猫も両手を広げたくらいでかいのがいいと言ったら「そういうのは猫じゃなくてライオンと言うんだ」と言われた。このドラ猫もメインクーンとか言う中型犬くらいある猫にデカさでは負けてはいないが、品格では雲泥の差がある。こいつなんか猫と言うよりも毛が生えたオオサンショウウオのようだ。
「請け負ったんだからしっかり世話してあげなさい」
僕がそう言って部屋に入ろうとするとドラ猫が「グエ」とか鳴いた。こいつ本当にオオサンショウウオか。そうしたらこのドラ猫箱からゆっくり出て僕の後をついてこようとしている。図々しいドラ猫だ。さっさと部屋に入ってドアを閉めようとしたら知的美人にドアを抑えられてしまった。
「あなたの後追いしているんだから面倒見てやれば」
この女はまたそういう他人任せなことを言う。
「あのね、生き物を飼うってことはメダカ一匹でも命を預かるというとても重い責任を負うのよ。こいつはどっちかというと物理的に重そうだけど。そういう重い責任を負うにはこっちも覚悟がいるのよ。こいつのために自分の自由を束縛されてまでそんな覚悟はしたくはないわ。あっち行きな、しっし」
そう言って追い払ってものそのそとついてくる。
「勝負あったわね。私も手伝ってあげるからめんどうみてやろうよ。」
「ケージに入れて外で飼えば」
僕がそう言うと僕を非難するように「ギャーッ」と鳴いた。
「猫は室内で飼えって政府も言っているでしょう。」
「じゃあベランダか廊下とか」
「こっちはダメよ。そっちでやってね」
女土方には再度念押しをされてしまった。元はと言えばクレヨンが背負い込んできたドラ猫じゃないか。まあこいつサンショウウオのような面構えだから水の中で飼ってやるかと思い、風呂に入れて洗ってやることにした。
「あなた、また何か企んでいるんじゃないの」
知的美人が変なことを言い出した。
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