「もうこうなったら開き直るしかないんだから佐山さんももっと飲んで飲んで、・・。」
社長はお気楽に冷蔵庫からビールを取り出して僕の前に置いたが、開き直ったらもっと危ないことになるんじゃないか。
「佐山さんは自分が男だというけど確かに以前の佐山さんとは全く比較も何もないくらいに変わって、中身が変わったという佐山さんの言うことも本当じゃないかと思うことがあるけど、現実にはそんなことはあり得ないだろう。佐山さんの合理的かつ客観的な思考や判断、そして積極果敢な行動力には常に敬服しているし、まあ時にはやり過ぎと思うところもあるけど、半面、結構他人には優しいし、面倒見のいい情の深いところもある。佐山さんのやさしさってべたべた溢れるような優しさじゃなくて必要な分だけの優しさを必要なところにスパッと投げ込むようなそんなやさしさだけどね。でも佐山さん、あなたは会社にとっても社員にとっても、そして僕にとっても必要欠くべからざる人材で、あなたが男であれ何であれ、これからもずっと会社のために、そしてみんなのためにこのまま残ってほしいと思う。こんな想定外の状況になってちょっと羽目を外したことを言ってしまったことはお詫びしておきたい。ちょっと悪ふざけが過ぎた思っているが許してほしい。僕にとってもあなたは必要欠くべからざる人材なんで今後もぜひよろしくお願いしたい。」
社長はそう言うとビールをグイっという感じで飲んでから立ち上がって窓際に行った。
「大分小降りになってきた。明日は飛行機は飛びそうだな。」
社長はそう言うとそのままトイレに行った。そんな社長を見ながら『今お互いに何かの拍子で気持ちが弾けたら危ないかもしれない』と感じた。僕の知らないところで普段は自分でも気がつかない女の本能が動いているような気がした。もしもそうなった時にそれをきっかけに元祖佐山芳恵が復活したら僕はどうなるんだろう。
この体の中で逼塞するんだろうか。それとも元の自分に戻るんだろうか。その元の自分はどうなっているんだろう。そんなことを考えていたら胸がどきどきしてきた。社長は戻ってくると淡々とした様子で「あれ、佐山さん、どうしたんだ。所在なげな顔をして。寂しいのか。そんなことはないよな。さて、あと1本ずつあるけど片づけてから寝るか」と言って自分で1本取ってもう1本を僕の前に置いた。
社長はまさか僕の中でいろいろな感情が交錯しているなんて思いもしないようだった。僕もなんだか面倒くさくなって『ええい、人生なるようにしかならん』とか開き直って手に持ったビールを空けると前に置かれた缶に手を出した。
「佐山さん、酒は嫌いだというけどけっこう飲むねえ」
缶ビールを手にした僕を見て社長がそう言った。
「別に好きではありません。その時の状況で、・・。今は飲むしかないじゃないですか。でも相手が社長なんで気分はいいです」
そう言うとビーフジャーキーを袋から引っ張り出してかじったらその時またバスローブの裾が開けてしまったが、もうあまり気にしなかった。僕にしてみれば男同士と言う感じではあった。
「ちょっと佐山さん、裾が、・・。目のやり場に困るんで、・・。」
社長が目を泳がせながらそう言うので裾を見てみるとさすがにやばいという風情ではあった。慌てて直して足をそろえて「失礼しました。酔いが回って男同士のような気になって、・・」と社長に謝った。
「やっぱり佐山さんは男なのかなあ。うーん、でもなあ、男だとしたらずいぶん魅力的なそそる男だよなあ」
社長はまたそんなことを言うが、僕ってそんなにいい女なのかねえ。借り物の姿なんであまりものは言えないが、自分で評価すれば嫌いなタイプではないが、まあ世間並とは思うけど、・・。
そんなこんなでいい加減いい時間になったので僕はベッドの方に目をやった。クイーンサイズだろうか。結構幅はある。まあ二人寝れなくもないだろう。ただそうは言っても一人分のスペースと言うと80センチ弱なんでそうそう余裕はなさそうだ。でももうこうなったら腹をくくる以外にはないだろう。何しろ高々20平米くらいの密室なんだからどこで寝ようがその気になればどうにでもなる。あとはお互いの理性を信じる以外にはない。
「さてそろそろ休もうか。でも本当にあのベッドでいいのか。」
「私などと同衾でよければ光栄です」
一応半分お世辞でそうは言ったが、この状況ではほかに選択肢もないではないか。そうしてテーブルの上を片付けている間に社長は寝支度を整えて戻って来た。続いて僕も洗面所に入って寝支度を整えた。寝間着は丈の長い上着のような奴でこれも捲ればすぐにスタンバイとなるこの状況では危ない奴だったが、これも他に選択肢はない。僕は準備万端整えて洗面から出た。社長はすでにベッドで横になっていた。そして僕はベッドに腰を下ろした。これってまさに戦闘開始直前の状況ではある。
日本ブログ村へ(↓)