部屋に戻ると社長は「取り敢えずリラックスしたいんだけど先に風呂を使えよ」と言った。そうは言われてもいろいろと支度があるので「社長お先にどうぞ」と勧めると「じゃあ、・・。」と言ってバッグから簡単な着替えをもって風呂に向かった。社長が風呂に入っている間に僕はスーツを脱いでバスローブに着替えて準備万端整えて社長のお帰りを待った。

 

「ああ、さっぱりした。お先に失礼。さあどうぞ。」

 

バスローブ姿で出て来るなり社長はそう言って僕を促した。なんか危ない関係のような物言いと言えばそう聞こえないこともなかった。もっとも今の状況そのものがかなり危ないと言えばそう言えなくもなかった。

 

「じゃあちょっと失礼します」

 

僕は社長に会釈するとバスルームに入った。中はきれいに整えてあって髪の毛1本落ちていなかった。僕はさっさと来ているものを脱ぐとバスタブに湯を入れながら体を洗った。そして次に顔を洗い最後に髪を洗ったが、烏の行水派の僕にしては何だか入浴がていねいなことに気がついて赤面してしまった。すべて洗い終わってシャワーで流してバスタブの中をきれいに掃除して歯を磨いて髪をドライヤーで乾かして下着を着けてバスローブを羽織った。下着と言えばぼくはパンツはエクササイズパンツとか言う五分丈ほどのパンツを愛用している。これは歩くと伸び縮みするストレッチテープのせいでカロリーを消耗して痩せるというが、効果のほどはともかくがっちりとした履き心地と膝上まである丈がいいので愛用している。ブラはスポーツブラ一点張りで色気も何もない。色気なんかあっても何お得にもならないし却って僕にとって危険な状況を作り出すだけだからとっくの昔の放棄してしまっている。そんなこんなで身支度を整えてバスルームのクリーニングをしてトイレを使って出ようとしたらカギをかけ忘れてことに気がついたが、まあ、入浴の最中に社長が乱入してくることもないだろうということで良しとした。部屋に戻ると社長はビールを飲んでいた。

 

「戻りました」

 

僕はそう言って時計を見ると1時間以上も風呂に入っていた。まあ、バスルームの掃除など余計なことをしてはいたが、それにしても時間をかけた入浴ではあったのは万が一に備えての女の本能なんだろうかなんて考えてしまった。

 

「佐山さんもどう、もう少し、・・」

 

社長はそういって僕にビールを勧めた。テーブルにはビーフジャーキーやナッツなどが出してあった。

 

「どすっぴんバスローブ姿で恥ずかしいんですけど他に着るものもないので失礼します」

 

そう言うと僕は首にバスタオルをかけたまま狭いスペースで社長と向き合って座った。社長は僕の前に黙ってロング缶を置いた。

 

「じゃあ改めて乾杯ということで、・・。しかし、こういう状況は全く想定していなかったなあ。一番の問題はどこに寝るかということか。この部屋では簡易ベッドも入らないだろうし、そうなるとあのベッドに二人で寝るのも問題なんで君がベッドを使えよ。僕はこの椅子を合わせて寝るよ。毛布をもう一枚もらっておいたから床でもいいか。」

 

僕はビールを一口飲んだ。長湯して火照った体に冷たいビールが心地よかった。

 

「そういうわけにはいきません。社長を床に寝かせるなんて。社長、私たちはお互いに男同士なんだからあのベッドで寝ればいいんじゃないですか。それなり幅もあることだし、毛布も2枚あるし、・・。どうですか」

 

僕はそう言ってしまってからずい分大胆なことを言ってしまったとちょっと後悔したがまあ口から出てしまったことはやむを得ないだろう。

 

「佐山さんは以前から自分のことを男と言っていたけど確かに言動を見ていると男というか、それ以上のところはあるが、ぼくの男の本能は君を男とは認識できないと思うが、それでもいいのか」

 

「私みたいな訳の分からない女を、女かどうかも分かりませんけど、そんなに言っていただいて光栄ですが、その場に至ってみないと自分がどうなるかはなってみないと分かりません。全身全霊で抵抗するかもしれません。」

 

僕がそう言うと社長は「アハハ」と声をあげて笑った。

 

「もしも私と社長が男と女の関係になったら室長はどうするんですか。私は絶対に社長から離れませんけどそれでもいいですか。」

 

僕はほとんど脅しのつもりでそう言うと社長はニヤッと笑った。

 

「もしも佐山さんとそういう関係になったら彼女は更迭して君に後を任せる。もちろん私的な関係も同様だ。それでどうだ。不満かな」

 

社長は真顔でそう言い切ったのにはこっちがびっくりしてしまった。

 

「でもそれでは澤本や山脇、これは知的美人の本名なんだが、と澤本社長との関係はどうするんですか。そうなったら私はもう面倒は見れませんけど、・・。関係が切れたら会社の経営に大きな影響があるんじゃないですか。」

 

社長はビールを一口飲み込んだ。

 

「会社の経営に影響がないとは言わないが、基本、うちは銀行とは別の法人で社長は僕なんだから人事権は僕にある。そうだろう。」

 

まあ確かにその通りなんで僕は沈黙してしまった。社長は本気なんだろうか。もしも本気だとしたら僕もかなり窮地に立たされることになる。僕としても対応を本気で考えないといけない。以前にジャズバーのマスターにべたべたされたことがあったが、社長が本気で、しかもこの状況だとそんな程度では済まないだろう。でも本当に本気なんだろうか。その辺も見極める必要があるとか思いながらできるだけ動揺を悟られないようにテーブルのビールの缶を取ろうとしたらバスローブの前がバサッと開けて生足と一緒にエクササイズパンツがもろ出しになってしまった。まあ感覚的には男同士で生足くらい見られてもどうということはないんだけどあまり刺激するのもよくなかろうと慌てて裾を直すふりをして「お見苦しいものをお見せして失礼しました」と言うと足を組んで缶ビールを手に持ったまま淡々とした表情で僕を見ていた。

 

この人のこういう姿ってなかなか格好いいと思う。こういう状況で何となく押され気味の僕は『こうして男佐山芳恵は二度目の処女を失うのかな』なんてとんでもないことを思うようになってきた。でもどうなんだろう。そうなったら社長を受け入れられるんだろうか。社長はなかなか格好いいしいい人だと思う。男として見ても爽やかで嫌味のない人だ。でもそれは社会人としての関係の話であって男女の関係となると全く別の問題だろう。相手が女なら何の問題もない。束になってどんと来いだが、男はいけない。だって何と言っても僕自身が男なんだから。僕ももうこの体を10年から使っているので風呂に入れば清潔に保つために中まで洗ったりすることもあるし月のものの時にはこれも清潔を保つためにそれなりのものを使うが、そういうこととはまた話が違う。ここで騒動が起これば社長も無事では済まないだろうし、それを考えるとこの状況はお互いにとって絶体絶命なんだが社長は暢気にえへらえへら笑いながらビールを飲んでいた。

 

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