そんなこんなで庶務から飛行機のチケットと日額旅費を概算で渡されて、「当日、搭乗ゲートで待ち合わせと言うことでお願いします。旅費は帰社後に清算してください」などと念を押されてしまった。社長と行くんだから旅費は使い放題かと思ったがやっぱり渋かった。出発前日、知的美人が僕の顔をチラチラ見ては意味ありげな視線を送ってきた。どうも何か言いたいことがありそうなのでこっちから水を向けると待ってましたとばかりに話し始めた。
「ねえ、いくら社長の出張だからって男女が二人で泊りがけの出張なんておかしくない。普通はもう一人入れた安全員数で行くんじゃないの。あなた、社長と出来ているの。まあできていてもおかしくはないわね。年回りもそこそこだし、けっこう社長に気に入られているようだし、向こうも独身のようだしねえ。まあ似合いと言えば似合いのカップルよね。ねえ、そうなの。」
知的美人は面白そうな情報をつかんだとばかりに畳みかけてくる。こいつも何を世迷言を言っているんだ。放り出してやろうかと思ったが、言われてみれば確かにきわどい出張ではある。僕は未だに男思考なんで何とも思わなかったが、僕が女と言うことになれば社長と2人きりの出張は穏やかではないかもしれない。勘ぐられる向きもあるかもしれない。
「社長と私ができてると言ったらどうだって言うの。別に問題はないでしょう」
知的美人は待ってましたとばかりに飛びついてきた。
「どうなの。あの時って。どんな感じ。その時のあなたを見てみたいわ」
僕はテーブルに置いてあった文庫本を手に取ると知的美人の頭を叩いてやった。最近、こいつもその知的レベルにおいてクレヨンと大して変わらなくなってきた。
「あんたねえ、私がいつ社長と愛を交わすのよ。毎日あんたと一緒にいるでしょう。少しは状況を考えなさいよ。ちょっと待ってなさい」
僕はそう言うと女土方を呼んだ。部屋は隣なんですぐに女土方とクレヨンがこっちの部屋に入ってきた。
「ねえ、こいつ、二人で出張なんておかしい。私と社長が出来ているなんて言うのよ。何とか言ってやってくれない」
女土方はそれを聞くとちょっと目を輝かせた。クレヨンもなんだかうれしそうな顔になった。僕は何だか嫌な予感がした。
「そう言われてみればそうね。普通は男女2人で泊りがけの出張なんて行かないわよね。私も社長の命令なんで深くは考えなかったけど確かにおかしいわね。二人が出来ていると言われればそれもありかもね。」
女土方がそういうとクレヨンがまた調子に乗りやがった。
「そうなの。この人はしょっちゅう社長に呼ばれているの。私なんか滅多に呼ばれないのに。きっと何かあるんだわ。」
このバカ、お前なんか呼んでも何の役にも立たないからだろう。そんなこんなで散々な言われようだったが、これが身内の話ではすまなくなってきた。社内でも「社長と佐山の二人の泊りがけ出張はおかしい」が始まった。別に僕が決めたわけではないのでそう言われても困るんだけど話は社長には向かない。第一、社長と室長は2人で海外出張までしているのに何も言わないのに僕が急遽代役で選ばれると大騒ぎになるのはおかしいだろう。「佐山芳恵、女に目覚めついに社長を喰らう」なんて話が飛び交っているんだろうか。
社内でも僕の顔を見ると何やらひそひそ話が始まるようで気分の悪いことこの上ない。それでも社長は計画を変える様子も新たにスタッフを加える様子もなくとうとう出発の日が来てしまった。まあもっともここで計画を変えたり第三者を加えたりしたらよほどおかしな話になることは間違いないが、・・。出発当日、ちょっと早めに空港に行くと社長はもうすでに搭乗ゲート付近でコーヒーを飲みながら待っていた。
「お早うございます」
僕がそう挨拶をすると社長は「急な出張で悪かったね。ちょっとどうしても君に助けてもらいたくて。まあ詳しい話は乗ってからに、・・。」とこの出張が社内で大騒ぎになっていることを知ってか知らずかのんきにそんなことを言った。しばらくすると搭乗手続きが始まったが、ビジネスクラスは先に手続きをするとか言っていたが、チケットはエコノミーと思ってそっぽを向いていると「さあ行こう」と社長に促された。チケットを取り出して確認してみるとビジネスになっていた。豪華じゃないか。
搭乗して社長と並んで座ると社長が資料を出して手渡した。向こうの英会話の会社のパンフレットでやはり英語をファッションするコースのような内容だった。ただ近頃はネットが発達しているのでわざわざ向こうに出かけずにネット会話が中心になっていたが、時差だのいろいろあるので米国よりもオーストラリアやフィリピンなどが多いようだった。また内容もパッケージ化されていて個人の必要に応じたパッケージを購入して短時間で学習できるようになっていた。
「どう思う。」
社長がコンテンツについて聞いた。
「基本的にはうちでやっていた『英語をファッションするコース』と一緒のものですね。これで本格的に英語が話せるようになるわけではないと思いますが、旅行とか、ちょっとお客さんをお出迎えとか、ちょっとお買い物とか、そんな場面ではそれなりに役に立つかもしれません。でもあくまでもアクセサリーとしてですが、・・。」
僕がそういうと社長はちょっと考え込む風だったが、「相変わらず君は厳しいね」と苦笑いの体だった。
「商品を小分けしてパッケージングしたというのはなかなかいいアイデアと思います。手を出しやすいんじゃないですか。漠然と英会話と言われるよりも自分の目的別に分けられているのでお客にとっては手を出しやすいと思います。それからネット留学も悪くはないですね。まあそういう時代なんでしょうけど。ああ、それからこの先AIの急速な発達で機械が翻訳なんかをみんなやってくれて人間が言語を学ぶ必要なんかなくなるかもしれませんね。それが正しい進化なのかどうかは分かりませんけど。」
社長は黙って「うんうん」とうなずいていた。
「ところで社長、今回の出張、社内で話題になっていることをご存知ですか。」
社長は資料を見ながら「うん、知っている」といとも簡単に答えた。
「本当は冴子が入るはずだったんだけどあいつがダウンなんでうちも代わりを連れていくほど手がないんでね。まあ君と二人なら大丈夫だろう。」
社長はそう言ってからちょっと泡を食ったように「あ、君に魅力がないとかそういう意味じゃないよ。その点は十分すぎるほどなんだけどむやみにからもうとすると身の危険が、・・」とか言うと首をすくめて笑った。その方がよほど失礼だろう。そんなこんなで飛行機は千歳に到着、空港では向こうの社長と担当が出迎えてくれた。
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