「私ね、あなたが言うように政治に興味がないわけじゃないの。興味はあるかも、・・。でも父に対する反発もあったし、何よりも選挙区で媚を売って歩くのが嫌だったの。この先のこと、少し落ち着いて考えてみるわ。だからあなたも考えてみて。もしもそうなったら私を助けてくれない。」

「もう助けているでしょ。」

僕はそう言って知的美人に席に戻ろうと促した。僕は知的美人が政治やその世界が嫌いでこうなったわけじゃないと見ていた。知的美人は政治に十分興味を持っているんだろうと思っていたが、要は父親の政治観と知的美人の政治観が衝突してそれに反発して飛び出してしまったんだろうと思っていた。

僕は政治の世界などは傍観者でしかないし、マスコミの報道などを見ていると何だかずい分とレベルの低い世界だと思っているが、その世界に入れば様々いろいろあるんだろう。でもどうせやるなら平時の政治じゃなくて非常時、戦時の政治の方が面白そうだ。

席に戻ると女土方が僕の方をちらっと見た。何かがあったんだろうと察知したんだろう。僕はちょっと目で合図して席に着いた。知的美人も僕の隣に腰を下ろした。ママと女土方が何やら話し込んでいてクレヨンはサルのように首を傾げてその話を聞いていた。

僕は何の気なしに店の中を見回すとあっちでもこっちでも女同士は絡み合っていた。ちょっといたずら心を起こして僕は立ち上がるとミラーボールのスイッチを入れた。ミラーボールで反射された光が絡み合うカップルを部分的に照らし出して何だか隠微な雰囲気を掻き立てた。

『ここってこんなところだったっけ』

これまで見たこともないような雰囲気にちょっと圧倒されているとママが立ち上がって僕に「めっ」と言う顔つきをしてからミラーボールのスイッチを切ると証明の照度を少しばかり上げた。それで絡み合っていたカップルはさっと離れると手早く身づくろいをして何気ない顔で席に座り直していた。

「二人で何を話していたの」

女土方が僕に向かってそう聞いた。ママも興味あり気に僕を見た。

「大したことじゃないの。せっかく土台があるんだから政治家に戻りなさいって言っていたの。お父さんの政治じゃなくて若い世代のあなたの政治を作りなさいって。そうでしょう。いつまでも同じスタイルの政治では飽きられてしまうし支持も得られないんじゃないのってね。政治の世界って古狸のようなおっさんが跋扈していて旧態依然で面白味も何もないけどもっと若い人たちが出てこないと政治そのものが飽きられてしまうんじゃないのってね。そうでしょう。」

そんなことを話したらママが笑い出した。

「なんだかあなたの方が政治に興味がありそうだし向いていそうな気がするけど、・・。」

そうしたら知的美人が我が意を得たりというように「そうでしょう、そうでしょう」と乗り出してきた。

「佐山さんが政治家になればいいのよ。頭もいいんだし、英語もできるし、度胸があって臨機応変な対応もできるし。ねえ、皆さん、そう思わない。私が秘書をやるから伊藤さんは政治資金会計担当、澤本さんは、・・うーん、・・イベントの旗振りかな。」

クレヨンの役割で口ごもったには吹き出してしまった。確かにクレヨンは政治には役に立ちそうもない。せいぜいパンフレット配りくらいか。でも親の資産で金は出せるかもしれない。

「何をおバカなことを言っているのよ。政治家はあんたでしょう。私たちは陰ながら応援してあげるから頑張りなさい。このサルは本人は役には立たないけど金蔓ね。いくらでも出してくれるかもよ。」

「私は会計担当なの。裏帳簿を作って持ち逃げするかもしれないわよ。」

女土方が物騒なことを言い出した。そう言え僕が女土方を知ったのは会計担当として企画のコスト管理をしている時だった。でもほとんど冗談の範囲ではあっても政治の話で盛り上がったのは知的美人にとってある意味大きな進歩でまた病気からの回復だろうと思った。結局この晩は女性政党を作ろうとかLGBT政党を作ろうとかそんな話で盛り上がって終わった。

翌日、僕は社長のところに行って昨晩の話をして知的美人画政治に興味を失っていないこと、そしてその政界への復帰の意思もあることを伝えた。

「その条件は佐山さん、あなたにバックについてほしいということなんじゃないのか」

社長はいきなりとんでもないことを図星で言い当てた。僕はあまりに図星を突かれたことでちょっと慌ててしまった。

「酒の席の冗談でそんな話もありました。私が政策秘書で伊藤さんが政治資金管理担当とか。でも私に政治家になれなんておバカな話もありましたけど、・・。」

僕が冗談めかしてそう言うと社長は「それもありだなあ」などと言ってにやにや笑っていた。

「ところで、・・」と社長が切り出した。「その話は向こうさんに伝えてもいいんだね。」

「あくまでも酒の上での戯言ですけど彼女政治には興味があるようです。ただ父親の政治とは違うところを目指しているようですが、その辺の考えがまとまってはいないようなのであまり期待を持たせる言い方は控えた方がいいかと思います。」

社長は「分かった」と言って「ところで、・・」と例の封筒を取り出した。

「これね、向こう様から預かっているんで返すわけにもいかないんだ。どうだろう、飲み代もかかったんだろう。」

「私が預からないとお困りのようですね。」

僕がそう聞くと社長が頷いた。

「分かりました。それではお預かりします。使わせてもらった分については明細を残しておきます。」

社長はにっこり笑って頷いた。

「でも明細はいらないと思う。足りなければ言ってくれ。いくらでも取り立てるから」

「ありがとうございます。」

僕はそう言って社長に頭を下げた。

「でもなんだか私って誰の部下なのか誰のために働いているのか分からなくなってきました。私はこの会社の社員で社長の部下でいいんですよね。」

社長は黙って深く頷いた。

「佐山さん、あなたは僕の会社の社員で僕の最も大事な部下の一人だ。よろしく頼む」

僕は軽く会釈をすると社長室を出た。

その日の夕方、社長から「先方はあなたに非常に感謝していて迷惑だろうけもうしばらくぜひよろしくお願いしますということだった。佐山さんにはとんでもない負担で大変だろうけどもう少し見ていてやってほしい。あなたは僕の大切な部下なんだからどんなことがあっても僕が必ず守るから」と電話があった。うちの社長が守るといっても大したことはないだろうけどその言葉はちょっとうれしかった。

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