「さてと、ちょっと手伝ってくれる」
ママはそう言うとカウンターの中に入った。僕が立ち上がってから揚げとフライドポテトを作る間にママはオードブルやサラダを準備した。そんなことをしているうちに何組か客が来たが、「貸し切りですか」と聞いて「セルフでよければ」と言われるといそいそとテーブルについて自分たちで適当に飲み物を取ってチェックシートにチェックを入れると飲み始めた。ここって時々こんなことをしているのかもしれない。僕がカウンターの中にいるので「何か食べるもの出来ますか」とか聞かれた。
「から揚げとかフライドポテト、カットチーズやソーセージ、野菜スティック程度ならできますよ」
僕がそう答えると唐揚げだのフライドポテトだのと注文が殺到してしまった。まあ揚げればいいんだからどうと言うことはないが、・・。その間、女土方たちはママと楽しくやっているようだった。知的美人も見たことのないような笑顔で笑い転げていたが、少しは心にわだかまるものが取れたんだろうか。
僕はそんな知的美人の横に席を移した。
「楽しそうね。あなたも少し変わったわね」
知的美人は飲んでいたビールのグラスをテーブルに置くと僕を見た。
「そうね、あなたのおかげかな。少し気分が変わってきたわ」
「ねえ、ちょっとカウンターに行かない。聞きたいことがあるの」
僕が誘うと知的美人はグラスとつまみの皿を持ってさっさとカウンターに移動した。女土方がそんな僕らを見たのでちょっとウィンクして返しておいた。
「ねえ、せっかく明るくなったのに変なことを聞いて気分を害させてしまったらごめんね。でもあなたにちょっと聞いておきたいことがあるのよ。」
僕は缶のままのビールをちょっと口に含んだ。
「なに、何を聞きたいの」
知的美人は真っ直ぐに僕を見た。この女は相手を見る時は真っ直ぐに向き合う。決して目を逸らせたり視線をわきへずらせたりはしない。
「ねえ、あなたって政治のことをどう思っているの。政治に興味はないの。嫌いなの」
僕も言葉を濁したり遠回りしたような聞き方ができないので単刀直入に聞いてみた。
「興味なんかないわ」
知的美人は政治への興味を一言で切り捨てた。
「でも、あなたって結構新聞の政治欄をよく読んでいるし、ネットでもあれこれ検索しているわよね。本当は興味があるんじゃないの、政治活動そのものには、・・。」
知的美人は「ふん」と言う顔でそっぽを向いた。
「社会常識として見ているだけよ。あんなものに興味なんか欠片もないわ」
知的美人の顔には以前の取り付く島もないような突剣呑な表情が浮かび始めた。
「そうなんだ。私ね、政治がらみの記事を真剣に読んでいるあなたを見て本当は政治に興味を持っているんじゃないかって思ったの。ただ、あなたが言っていたこと、選挙区の有権者に対する接し方とか、あれこれあなたの意にそぐわないこともあるだろうけど、でも本当はあなたも蛙の子は蛙、政治家の娘でしょう。
私ね、ああ、私は政治の世界のことなんか分からないけどお父さんにはお父さんの、あなたにはあなたの政治活動のやり方があるんじゃないかって思うのよ。有権者だってあなたのお父さんの世代の人も多いだろうけどもっと若い、あなたの世代の人やそれよりももっと若い人たちがたくさんいるんだし、そういう世代の人たちにはまた違ったアプローチの仕方があるんじゃないの。
私ね、思うんだけどあなたって政治家としての地盤も看板もかばんもあるじゃない。そして頭もいいし、英語も堪能だし、美人だし、このまま埋もれてしまったら勿体ないんじゃないの。お父さんとは違うあなたの政治を考えてやってみるべきだと思うんだけどどうかな。まあちょっとしくじったけどあんなものはどうにでもなるでしょう。
第一あなたっていつも仮面をかけて顔を出していないんだから。他人の空似でも何でもどうにでもなるわ。別に今すぐってわけじゃないけど考えてみればいいんじゃないの。バックになってくれる人だってたくさんいると思うけど、・・澤本のお父さんとか、うちの社長とか、・・あ、うちの社長は資金力がないからダメかな。
まあ、あなた次第だけどあなたの才能をこのまま埋もれさせるのって勿体ないんじゃないの。もしかしたら将来日本の総理大臣になれるかも、・・まあ分からないけどね。まだ落ち着かないでしょうからすぐにと言うわけじゃないけど落ち着いたら考えてみれば。」
僕がそう言うと知的美人は僕を睨みつけた。
「父にそう頼まれたの。私が政治の世界に戻るように説得してくれって」
「冗談ポイでしょう。私みたいなしがない貧乏企業の社員があなたのお父さんのような大政治家にものを頼まれるわけがないでしょう。ただ、そう思っただけよ。能力があって条件が整っているならその世界でやってみるのもいいんじゃないかって。私のような馬の骨とは違うんだからさ。」
そう言ってからずっと昔、僕が女になりたての頃、元祖佐山芳恵の恋人の庶務係長のことを馬の骨と言っていたことを思い出して笑ってしまった。庶務の若い女とくっついて投資の世界に入ったが今どこでどうしているんだろう。まあ、僕には関係ないことだけど、・・。
「私よりもあなたの方が政治向きの才能があるんじゃないの。あなたを見ていてそんな気がするわ。私も政治の世界はそれなりに見てきたから。私よりもあなたの方が頭はいいと思うわ。英語もできるし、度胸もあるし、物怖じしないし、・・ねえ、私が父に話してあげるわ。選挙の地盤をあなたに譲るようにって。それって名案だと思うわ。」
僕を政治の世界に引っ張り出そうという知的美人の意見にはたまげてしまった。僕は表舞台に立つよりはナンバー2や軍師と言った役どころが合っている。僕には何というか人を惹きつけるカリスマ性がないんだと思う。
「じゃあ、あなたが私の政策秘書になってくれるなら考えてもいいわ。どう、良い考えでしょう。回答は、・・。」
真顔で僕を見た知的美人の顔を見て吹き出してしまった。
「私はねえ、恐るべき面倒くさがり屋なのよ。やってもいいけど秘書なんて全く機能しないし役に立たないと思うわ。だから無理ね。でもアドバイザーとかその手だったらやってもいいけど今は宮仕えなんで社長や金融王の了解がないとダメね。本当に私、あなたどころじゃない面倒くさがり屋なのよ。」
知的美人はいつになく真剣な面持ちで何かを考えているようだった。
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