女土方は先に立って歩き始めた。あの店はここから歩いて行ってもそう遠くない距離なのだが、女土方は通りに出るとタクシーを拾った。
車は走り出すとものの十分もしないうちにあの店の前に止まった。女土方はさっさと料金を支払うと店の方に歩いて行った。店はあった。以前と全く変わらないたたずまいで同じ場所にあった。僕は店の前で立ち止まってつくづくと入り口を眺めてしまった。それから意を決して中に入ると女土方はもう指定席に収まってママと話をしていた。
「あら、ずい分と久しぶりねえ、今日はみんな一緒に来てくれたの。」
ママが僕たちの方を見て微笑んだ。クレヨンは走り出すとカウンターにかじりつくように座った。
「ずっと来たかったんだけどあの人がなかなか連れて来てくれなくて。」
クレヨンは僕の方を振り返った。このサルは自分が良い子になるために僕に責任をなすりつけようと言うのか。大体ここはビアンバーだろう。普通の男の僕が顔を出す理由がないだろう。僕は店の中に入ると店内をゆっくりと見回した。
何組かの女性カップルが席を占めていたが、これがみんなビアンなんだろうか。中にはビアンにしておくにはもったいないような美人もいた。そんな女たちを眺めていると僕の耳にクレヨンの声が飛び込んできた。
「そんなところでぼおっとしていないで早くこっちに来て座れば」
せっかく男の感慨に浸っているのにうるさいサルだ。僕はこのうるさいサルを締めてやろうと思って近づいて行くとサルはさっと女土方の後ろに隠れた。そう言えばここでずい分とこのサルを締めたものだった。
「佐山さんはビールだったわね。」
ママはさっさとグラスにビールを注いで出してくれた。女土方はもうサワーを口にしていた。僕が席についてグラスを手に取った時にはママはもうハムの盛り合わせをカウンターに出してしまってフライドポテトとフライドチキンを用意している最中だった。そう言えば酒を飲むこと自体あまり好きではないのだけれどここに来るとハムだのから揚げだのポテトフライだのそんなものばかり食っていたかもしれない。
しばらくは女土方はママと世間話に耽り僕はクレヨンをからかいながら時間を過ごしていたが、ママが他のお客の対応でちょっと引いた時に女土方が僕に話しかけてきた。
「ねえ、あの人どう思う。」
女土方は知的美人のことを気にしていた。
「私ね、あの人どうも何かが引っ掛かるのよ。どこがどうと具体的に言えないけどなんかあの人ってとんでもないものを隠し持っていそうな、そんな気がするの。仕事は申し分ないんでしょうけど。あなたが採用したんだから。」
「そうそう、あの人って他人に対する思いやりが欠片もないの。私がせっかく買ってきたケーキも手も付けずに無視するし。」
クレヨンが合いの手を入れてきた。食い物の恨みと言うが食われても食ってもらえなくても食い物は尾を引くようだ。
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