「私は何も悪いことはしていない。それにもうこれ以上みんなに迷惑はかけられない。このことは自分で何とかする。仕事も辞めるわ。私、正社員じゃないし、影響ないでしょう、辞めても。」
「辞めるとか何とか子供みたいなことを言ってんじゃないわよ。辞めるんならこのことを片付けてから辞めなさい。問題はね、もうあなた一人のことじゃないの。この会社を巻き込んだことなのよ。
もしも何か大きなことになればあなたの名前と一緒に会社の名前も出るのよ。この業界は真面目さ、誠実さなのよ。それが傷ついたら大変なことになるの。あなたも知っているでしょう、何かあれば警察だの教員だのお役所だのって新聞に書かれるのを。
所詮はこの国は個人よりも組織・集団が優先なの。だからことが片付くまで辞めさせないわよ。片付いても仕事はきちんとやってもらうわ、いいわね。」
僕は投げやりになりそうなテキエディにそうして釘を刺しておいた。
「あ、そうだ、当分はあの家で在宅で仕事をしてもらうからね。外出はだめよ、あの家にいれば大方のことは片付くんだから。買い物だって電話1本で銀座の高級デパートからお届けよ。いいわね。もっとも出ようと思っても出られないけど。あの家は要塞みたいなものだから。」
テキエディは黙っていたが、そのかわりにサルが口を出した。
「ねえ、私も自宅勤務でいいかな。その方が楽ちんそうだから。家で仕事すればいいんでしょう。いいなあ。」
こいつはどこにいても勤務なんて言葉が全く似合わないやつだが、家になんて置いた日には世界最強のパラダイスでも作りかねない。まあ手元において使い走りにでも使ってやろう。
「あんたはここにいるの。在宅勤務なんてする理由がないでしょう。私がしっかりと使ってあげるから。彼女の分も働くのよ、いいわね。さあ、弁護士と連絡を取らなきゃ。向こうの都合がよかったら一緒に行くのよ、いいわね。」
僕はテキエディに向かってそう言うと携帯で例の弁護士に電話をか
けた。弁護士は電話に出ると開口一番、「ああ、佐山さん、また問題を起こしたそうですね。時間は空けますよ、何時がいいんですか。」とばかに明るい声で何だか楽しんでいるように言い放った。
何だ、社長から連絡が言ったようだ。でも問題を起こしたのは僕じゃない。前回もそうだが僕は何も問題など起こしてはいないんだからそれだけは断っておきたい。
「それでは仕事が弾けたらすぐにお伺いしますのでよろしくお願いします。」
言いたいことはあったが、僕はそれだけ言うと電話を切った。そしてテキエディに、「アポは取れたからいいわね、一緒に行くのよ。嫌だと言っても引きずっても連れて行くから。」と念を押した。引きずっても連れて行くとは言ってもサルと違って体格のよろしいテキエディを引きずって行くのは骨が折れるだろうが。
女土方にも業務終了後すぐに弁護士のところに行くことを伝えた。女土方は僕がテキエディと二人で行くことを心配しているようだったが、何も戦争に行くわけでもあるまいし、そんなに心配することもないだろう。
業務終了とともに僕は手際よく片付けて立ち上がったが、テキエディは気が進まないのかぐずぐずしてなかなか立ち上がろうとしなかった。
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