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 僕はベッドに半身を起こしたままこっちを見ているクレヨンを逆に見つめながら問い詰めた。どうもこの女はいくら何でもちょっとおかしい。

「私はね、確かにあんたが言うとおり女だか何だか分からない生き物よ。それは私も認めるわ。でもね、私は私なりに生き方に筋は通しているつもりよ。だからあんたもきちんと筋を通して言ってごらんなさい。何が目的なの。私に何をして欲しいの。」

 クレヨンはだんだん萎れて来て僕を真っ直ぐに見なくなった。何だかまた泣き出しそうな表情になって来た。

「泣くんじゃないわよ、何時までも子供じゃないんだから。いいわね。」

僕が強くそう言うとクレヨンは涙で潤んだ目を向けた。

「あのね、こんなこと言ってはいけないのは分かっているけど、あなたと伊藤さんがけんかしてあなたが何時も私のそばにいてくれるようになってとても嬉しかった。勿論こんなこと考えてはいけないのは分かってるわ。でもあなたがそばにいてくれると落ち着くし気持ちが穏やかになるの。」

「あのねえ、今は良いわよ。私もまだ三十代だからあなたともそんなに釣合いが取れないってほどじゃないわ。ちょっと年の離れた兄弟って感じかしらね。でもねえ、十五歳も年が違うのよ。時間が経ってからばば様とおば様がちゃらちゃらしてはいられないでしょう。あなたはねえ、やっぱり普通に生きなきゃいけないわ。私とは違う人なんだから。」

「じゃあ、あなたや伊藤さんはいいの、普通の生活をしなくても。」

「彼女はね、普通とは違う嗜好の持ち主なのよ。あなたのような普通の性的な嗜好が持てないの。だから仕方がないでしょう。」

「じゃあ、あなたは。あなたは普通の嗜好の人でしょう。結婚もしたんだし男性の恋人もいたというし。違うの。」

「あなたは私を女か男か分からない生き物と言ったでしょう。」

「ねえ、あなたは家庭を持ちたくないの、好きな人と家庭を持って子供を育てたくないの。好きな人の子供を産みたくはないの。」

 何が子供だ。こんなことを言っては少子化対策に苦しんでいる国の方々に申し訳がないが、一体誰が産むんだ。もしも僕が産むとしたら、確かに生物学的には産めないことはないだろうが、その前段階の行為からして僕の存在を脅かす極めて危険な行為だ。それをさらに子供を産めなんてそれは僕に死ねと言っているようなものだ。

「子供なんて別に産みたくはないわ。もしも誰かが産めば仕方がないから育てるだろうけどねえ。自分で産むなんて考えたこともないわ。」

「それでどうして結婚するのよ。どうして男の人を好きになるの。好きになった人の子供が欲しいなんて思わないの。」

「だから言っているでしょう、私はニュー佐山芳恵だって。元の佐山芳恵さんとは違うのよ。だから男なんて真っ平ごめんだわ。増して子供を産めなんてそれは私に死ねと言っているようなものなのよ。」

「どうしてなのよ、あなたは女でしょう。」

「いえ、違うわ。私は男よ。男の過去と心を持った体だけが女になった不思議な人間よ。」

「またその話、そんなことがある訳がないでしょう。」

「ねえ、別にあなたのことを見捨てようとかそういう話じゃないの。あなたのことはこれからもずっと一緒にいて私が出来ることはしてあげるわ。でもね、これだけは間違えないでね。あなたがこの先人生を共にするのは私や伊藤さんじゃないわ。あなたにはきっとまた好きな男性が現れるわ。その人があなたと一緒に生きてくれる人よ。

 私と伊藤さんはお互いの利害が一致したからいっしょに生きることにしたの。もっとはっきり言えば私と伊藤さんは一緒に生きるかそれでなければお互いに一人で生きるしかないの。

 もしも本当にあんたが女性を好きだというのなら証拠を見せてごらんなさい。ずっと以前に言っていたわよね、私とならちょっと危ないことでも出来るかもしれないって。じゃあ伊藤さんと出来るの。テキストエディターのお姉さんと出来るの。出来ないでしょう。だからね、一緒にいる時は良いわよ、面倒見てあげるわ。でもね、私の生活も認めてね。」

クレヨンはやっと頷いてくれた。さあこれで一安心だ。

「ねえ、どこかにお出かけしようか。箱根でも行ってみる。車でも借りて。」