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「どう、突然あんなことを言われると混乱したでしょう。」

女土方が覗き込むように僕を見た。

「ビアンのオカマってそれは普通の男ってことじゃないの。」

「そうかもね、そんなことはどうでもいいのよ。私ね、あなたのことは大好きよ。あなたとさよならしたいなんて思ったことはないわ。でもね、あなたと一緒にいると私自身、今あなたが感じたことと似たような混乱を感じてしまうのよ。

 あなたはね、姿かたちは女だけど考え方ややることは男みたいなところがあるでしょう。あなたはごく普通の典型的な女だったのにある時期から男には目もくれないで女性ばかりを好むようになったみたいだけど私達のようなビアンとはちょっと違うような気がするのよ。それもどちらかと言えば男性のそれのよう。そしてね、私が一番不安なことはあなたが周囲の人達をあれこれいろいろと見ているように感じることなの。

 私ももうそんなに若くはないわ。これから先あなたと一緒に暮らせるなら私にはとても幸せだし安心だと思うわ。でもあなたを見ていると何だか時々不安になってくるの。いきなり私の前から去って行かれて一人で取り残されるのはいやなのよ。だからあなたに他の選択肢があるのなら私は私で自分の道を行きたいの。分かるでしょう。」

 なるほど、よく分かる。そういう考え方は男にはない女特有の考え方かも知れない。少なくとも僕自身はそんな考え方はしない。でも女土方が僕を見ていてそんな不安に駆られるのならそれはまだまだお互いの間に信頼関係が育っていないと言うことになるし、その原因は相当程度僕が負うべきなのかも知れない。

「じゃあ、私が自分の行動を考え直すと言えばそれでいいのね。また一緒に生きてくれるのね。」

「待ってよ、私にも時間が欲しい。少し考える時間が欲しい。」

「考える時間なんて必要ないわ。一緒に暮らしてその中できちんと話し合ってお互いにすり合わせながら修正していけばそれで良いわ。そのくらい言いたいことが言えない関係なんてどうせ長続きはしないわ。だから何でも話して。私も何でも話すから。ねえ、ママ、そうでしょう。」

ママは僕を振り返って笑顔で肯いた。

「ねえ、ママ、念のため一つ確認しておきたいんだけどママはゲイじゃないでしょうね。別に他意はないの。ただ念のために。」

 ママと女土方は顔を見合わせて笑った。どうもこの二人は予め話が出来ていたようだった。

「ママはゲイじゃないわ、大丈夫よ、心配しなくても。」

女土方が笑った。

「あなたも違うわよね。いくら手術が進歩しても手術ではあんなにきれいに体のパーツは作れないわよね。そうでしょう。」

 思い切りからかわれたお返しにちょっと秘め事でからかってやると今度は女土方が顔を赤くした。どうだ、思い知ったか。

「ねえ、結局なんだったの、二人の間の問題って。これでお終いなの。こんなに簡単なことであんなに悩んで大騒ぎしていたの。一体どういうことなの。」

 今度はクレヨンがおかしなことを言い始めた。どうでもいいからこんな奴はさっきの衝撃で顎が外れて喋れなくなれば良いのに。

「まだ終わってはいないわ。みんなこれからのことばかりよ。まだまだ問題はたくさんあるの。私にも芳恵にも。」

「でもね、この人、いい年をして私に抱きついて『咲子、咲子』って寝言を言ってるの。何があったか知らないけどかわいそうだし、私も負担だから許してあげたら。おばかだけど悪い人じゃないみたいだから。」

 クレヨンはカウンター越しなので何を言っても安全と思ったようだが、僕はカウンターに乗せたクレヨンの腕を掴むとそのままカウンターの上に全身を引きずり上げてやった。そして首根っこを押さえつけると「何だって、よく聞こえなかったからここでもう一度大きな声で言ってごらん。」と耳元で言ってやった。

「ごめんなさい、もう言いません。」

 こいつはずるい奴だから自分が不利になるとすぐに弱い振りをして泣きべそかいて謝ったりするが、心の底から謝っているわけでもないし、これも僕とクレヨンのゲームのようなものなので僕はすぐには離さなかった。クレヨンは何をしているわけでもないのに「痛い、痛い」と泣き喚いていた。

「もう余計なことを言わないのよ。分かった。今度言ったら二度とその減らず口が利けないように首をへし折ってやるからね。」

 僕はそう言って離してやったが、離すと同時にカウンターから駆け下りて女土方の後ろに隠れると「こんな暴力獰猛女はやっぱり二度と立ち直れないようにしてやった方がいいわ。」と憎まれ口を利いた。もう一度痛い目を見せてやろうかと思ったが、今日はそれが目的ではないので止めておいた。