「私は何も変わっていないわ。初めてあなたのところに行った時から。私にとってあなたはかけがえのない人だし、今も変わらずにあなたと一緒に生きたいと思っているわ。でもそれを信じてもらえないのじゃあ悲しいけどどうしようもないわね。」
「あなたはそうして大切だ、失いたくないと言いながら私がいやなら仕方がないとか信じてもらえないならどうしようもないとかどうしてそんなに淡々と言えるの。どうしてもっと取り乱したり慌てたりしないの。本当は大事じゃないからなんじゃないの。」
確かにそれも仰せご尤もだが、慌てたり取り乱して何とかなることとならないことがあるだろう。どうにもならないのに慌てたり取り乱しても疲れるし恥を曝すだけじゃないか。まあこういうところが僕流男の考え方なんだろうけど。
でも何となく女土方は駄々をこねているんじゃないだろうかという気がして来た。やむを得なかったとは言えこのところずっとクレヨンにかかり切りであまり女土方との時間を過ごしたこともなかったし、ゆっくりと話をしたこともなかった。たまに女土方が来ればクレヨンが張り付いていたり、突然現れた中年男の前でぼおっとしたりしていれば勘繰りたくもなるかも知れない。
「私は確かに他人とは違う趣向の持ち主かも知れないけど別に見せ物でもないわ。これで先に帰るわ。」
女土方はバッグとコートを掴むと立ち上がって入り口の方へ歩き出した。一呼吸置いて僕が立ち上がるとクレヨンとテキストエディターのお姉さんも腰を浮かせたので「いいからここにいて。来ないでね。」と制止しておいて僕は女土方の後を追った。女土方は僕が追って来るのを予想していたように店の外で待っていた。
「ちょっと歩こう。」
僕は女土方を誘った。女土方も黙って僕と一緒に歩き出した。
「ねえ、どうすればいいの。あなたが何と言おうと私は本気よ。私は一生あなたのそばにいるわ。確かに最近はあのサルのこととかいろいろあってあなたと一緒に過ごす時間が少なかったと思うわ。でもそれは他に気を移したわけでもなければあなたが嫌いになったからでもないわ。私とあなたがより良く生きるためよ。あなたから見れば私はちゃらちゃらへらへらして頼りなく見えるかもしれないけど私はあなたを精一杯愛しているわ。」
女土方は黙っていた。
「ねえ、何とか言いなさいよ。人が真面目に話しているんだから。」
「普通の世界を生きて来た人になんか分からないわ、私の気持ちなんか。」
「何よ、その言い方。私が普通の世界を生きてきたかどうか分からないでしょう。」
「少なくとも私とは違うわ。」
「だからと言ってそれが軽い生き方とは限らないでしょう。」
「軽い重いではないわ。立場の問題よ。」
「だから分かり合えるように努力しているんじゃない。立場が違うから分かり合えないと言ったら何も出来ないわ。」
はっきり言ってこんな話を続けていても無駄なのだが何とか女土方の頑なな心の内を探るための糸口でも見つけられればと思ってのことだった。大体普通の世界に生きて来たっていうが、それは佐山芳恵になるまでの平和で穏やかな時代の話でその後はビアンなぞ比べ物にならないくらい真っ青の生活を送って来たんだから。
でも僕は女土方にはずい分助けてもらったと思ってとても感謝している。彼女がいなかったらここまでやって来れたかどうか分からない。これからもこのまま生きていくのならこれからもぜひ女土方の助けは必要だろう。
「ねえ、ここで私を抱いて。」
女土方は唇を突き出して不満を訴える子供のような顔で僕を見た。ここは表通りではないが、人の通行もそこそこあって女同士は勿論男女のカップルでも抱き合うにはちょっとはばかられる場所だった。
「いいわよ。」
僕はそう言うと女土方を引き寄せて抱き締めた。この際、人目がどうのこうのと言っていられるか。女土方と二人で裸踊りをするわけでもないし、ちょっと女同士抱き合うくらいかまうものか。そうして女土方を両手の中にしっかりと抱き締めると懐かしい女土方の匂いが鼻腔一杯に広がった。
「ああ、いいわ。あなたの暖かさ、あなたの匂い、私、つくづくあなたが好きなんだなってそう思うわ。」
女土方が僕の腕の中で小さな声で呟いた。
「そう、それでいいのよ。お互いに自分に素直になれば。大丈夫、きっとうまくやれるわ。」
僕は女土方にそう答えた。通りかかった人たちが抱き合っている僕達を見て足を止めて驚いたような顔でこっちを見ていた。やはり大柄な女が二人して街角で抱き合っていると言うのは穏やかではないのかも知れない。しかも一人はかなりの美人だし。しかし、穏やかだろうがなかろうが、街角で抱き合っている僕達も悪いのかもしれないが、止むに止まれない理由があるんだから放っておいて欲しい。