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 女土方はそのまま駆け出してトイレに入ってしまった。こういう状況は恋愛物などではよくあるパタンだが、僕は今は男じゃなくて女なのでトイレにも入っては行けるんだけど余り深追いしても逆効果だろうし、トイレで女同士の格闘戦になっても困るのでやめておいた。そして部屋に戻ろうと後ろを振り返るとほとんど全員が廊下に出て僕の方をじっと見つめていたのにはいささか驚いてしまった。

「お騒がせしました。」

 僕は怪訝そうな表情で僕を見ている社長以下のお歴々に小さな声で挨拶すると座に戻った。女土方は暫らく戻らなかったが、再び会場に現れた時には凛とした何時もの表情に戻っていた。それでもその表情の下にはこの女の心の葛藤が隠されていることを僕は良く知っていた。

 彼女にとっても僕はとても大切な存在だろう。そのことが急に変わることはないだろう。そしてもう一つ、僕は少し、あるいはかなりかも知れないが、風変わりな女性には違いないが、それでも彼女から見れば自分とは違う普通の女という認識なのだろう。だからもしも僕に好きな男が出来たのなら僕を普通の世界に戻してやらなくてはいけないという彼女なりの親心があるんだろう。

 自分の大切なものだから誰にも触れさせたくないという感情と自分がそれを諦めても手放して下の世界に戻してやることが僕にとっての幸せなのだという感情がぶつかり合って女土方を混乱させているんだろうというのが僕の見解だった。

 僕は極めて自然な状態で女土方と結びついているのだし、それを押し戻すのはホモセクシュアルの世界に入れと言っているのと同じことで極めて不自然な状態に僕を追いやろうとしていることになるんだと言ってやりたかったが、それを理解してもらうのもこれまた極めて難しい問題だった。だから要は女土方が自分に素直になってくれればいいことなんだ。欲しいものは欲しい、誰にも渡したくないと。何時もそうでは困るが時にはその方が良いこともあるんだ。

 僕と女土方が席に揃うと何となく座が静まり返って重苦しい雰囲気が漂い始めた。困ったなと思っているところに緊張感に耐えかねたのかクレヨンが僕の膝にうつ伏せてすすり泣きを始めた。こいつも性もない奴だ。

「良いのよ、大丈夫だから。」

 何が良くて何が大丈夫なのか僕自身にも良く分からない慰めを言いながらクレヨンの背中を撫でてやっていたが、北の政所様はどうもさすがにこれはまずいと思ったらしい。社長に耳打ちをするとその場で立ち上がった。

「本日は皆様にはお忙しいところをご出席賜わりましてありがとうございます。粗宴ではございましたがおくつろぎいただければ幸と存じます。今後も皆様のご協力を賜わりますようお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。」

 北の政所様の挨拶で何だかあっさりと宴会は終わりになってしまった。そして社長と北の政所様はMJBの幹部とともに何処かに出かけて行った。僕の脇を通る時北の政所様が小声で「あなたと伊藤さんがコアなんだから早く関係を修復しなさいよ。」と囁いていった。

 残ったのは僕と女土方、クレヨンにテキストエディターのお姉さん、それに加えて言葉屋の五人だった。でも女土方はこの輪の中に残る気はないらしくさっさと帰り支度をすると立ち上がった。

「ねえ、副室、どうして帰るの。私達に付き合ってくれないの。」

テキストエディターのお姉さんが女土方を呼び止めた。

「二人の間に何があったかは知らないけどそんなに逃げるように帰らなくてもいいじゃない。ちょっとそこに座って仲間に入ってよ。私ね、副室に言いたいことがあるのよ。ちゃんと聞いてね。いいわね。」

女土方は足は止めたが座ろうともしないで立ったまま黙って僕達を見下ろしていた。

「帰っちゃいや。ごめんなさい、私が変なことを言ったから。怒らないで。」

 今度はクレヨンが泣きながら女土方の足にすがった。このクレヨンも本当に反省しているのかどうか知らないが良くやるわ。でも僕もそうだがやはり年下の者に泣かれるのは堪えるらしい。女土方もさすがに困り果てたのかクレヨンの背中を撫でながら腰を下ろした。

「ねえ、後の予約は入っていないからここをずっと使ってもいいって。」

「ふうん、そう。どうする、ここで続きをする。」

「そうねえ、ちょっと気分を変えたい感じだけど。」

 女土方が落ち着く気配を見せたらクレヨンもテキストエディターもとたんに明るくなって場所選びを始めた。

「ねえ、あのお店に行って見たい。伊藤さんが言っていたビアンのお店。」

またクレヨンが余計なことを言い出した。

「あそこは大人数で喧しいのはだめよ。」

 僕が釘を刺すと今度は言葉屋が「知っているジャズバーがあるからそこに行きませんか。」と言い出した。場所を聞くと銀座でも新橋寄りということなのでここからも近いし、そこに行くことにした。盛り上がって騒いでいるのはクレヨンとテキストエディターで僕なんか本当はどこでもいいんだ。