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「ねえ、帰る前にちょっとお茶でも飲んで行こうか。ご馳走するから。」

僕はクレヨンを食い物でおびき寄せようとした。

「え、本当、いいわよ。」

 こいつはサル並みの知恵しかないのでやはり食い物のような物欲には弱いようだ。こうして僕達は駅前のケーキ屋に入った。店に入ると僕は出来るだけ他のテーブルから離れた隅の場所に席を取った。クレヨンは別にどこでも良さそうで僕が席につくと続いてさっさと椅子に腰を下ろした。そして注文が終わると僕はクレヨンの方にちょっと身を乗り出した。

「ねえ、ちょっと変なことを聞いても良い。」

 クレヨンはいきなり身を乗り出した僕に驚いたのかちょっと引き気味になって「何よ、どんなこと」と答えた。

「ねえ、あなたはどんな時にどんな男なら抱かれても良いかなと思う。教えて。」

「ええ、何それ。」

 クレヨンは少し顔を赤らめた。知的活動ならともかくこいつはそんなことには百戦錬磨だろうにそれでも顔を赤らめるクレヨンがちょっと可愛いと思った。

「そんなことあなただってずい分経験があるんでしょうから聞かなくても分かるでしょう。」

 それは元祖佐山芳恵なら経験はずい分あっただろうけど今の僕はその手のことには全く未経験なんだ。

「うん、そうなんだけど。でも違う視点ってあるのかと思ってね。私とあなたじゃ年も境遇も違うし。どうなのかなって思ったのよ。」

 クレヨンはちょっと考えていたがいきなり、「今、あなたと。」と言うと僕の反応を見るように身構えた。

「そうなの、いいわよ。それじゃあ場所を変えて話そうか。」

僕はクレヨンの牽制を軽くかわした。

「もう全く動じない人ね。そんなの決まっているでしょう、好きな人よ。他にあるの。」

 どうもクレヨンにしてはずい分と在り来たりの答えだった。もっと何か違うことがあるかと思ったがやはり女はそんなところなんだろうか。そういう答えは僕が男だった時に散々聞かされた答えだった。まあ女にもいろいろあるだろうし、その理由も様々かも知れないが、どうもこれが女の王道のようだった。ちょうどそこに注文したケーキと飲み物が運ばれて来たのでそれを食べ始めた。そうしたらクレヨンがいきなり変なことを言い出した。

「どうして今更そんなことを聞くの。大人の恋ならそっちが上でしょう。それとも誰かそういう人が出来たの。あの、今日来た男の人なの。」

「ううん、そうだったらあなたに聞いたりしないわ。そういう実体的なことではなくて感性の問題よ、それを聞きたかったの。」

 このサルに感性などと言ってみても無駄なことかも知れないが、質問した立場上話を打ち切るつもりでこんなことを言ってみた。

「そうね、結局その時それで良いと思えば良いんでしょうけど相手の人が好きだと言うことが絶対条件よね。そうでしょう。」

 このクレヨンは最近人並みなことを言う回数が少し増えて来た。もしかしたら極めて緩やかではあるがこのサルも少しずつ進化しているのかも知れない。僕は簡単に「そうね」と答えてからはクレヨンのアホ話に適当に生返事をしながら運ばれたケーキを食べることに専念した。

 クレヨン宅に帰宅してしばらくテレビを見たりして寛いでいると女土方がやって来た。入って来るなり部屋を見回して「ここもずい分久しぶりねえ。」などど何時になく上機嫌だったが、これから女土方との長い冷戦が始まるとはこの時は夢にも思わなかった。

 僕達は女土方を待ってダイニングに降りて行き、夕食を取った。相変わらず豪華な部屋で豪華な器だったが、食事自体は何の変わりもない普通の食事だった。食事と言えば女になりたての頃は男の感覚で食事量を認識していたのでいい加減気持ちが悪くなるほど食べてしまうこともあったが、何時の間にか女の食事の質と量にすっかり慣れてしまっていた最近の僕にはそうした認識違いもなくなり特に意識しなくてもほどほどの量を都合良く食べられるようになっていた。

 この日の夕食はカキフライだったが、僕はテレビの画面を見ながら黙ってフライや野菜を食べていた。すると今まで女土方相手にくだらない話をしていたクレヨンが突然さっきの話を持ち出した。

「ねえ、佐山サブったらね、さっき私にケーキをご馳走してくれたのはいいんだけど変なことを聞くのよ。どんな時にどんな人となら良いかって。そんなこと決まってるわよねえ。それにわざわざ聞かなくたって私よりも大人の恋はずっと上でしょうにねえ。」

 僕はこのクレヨンの発言について「またくだらないことを言うな」と思った程度で特に意には止めなかったが、女土方がちらっと僕の方を見た。その時の視線が何だかとても冷たい感じがした。

「そうね、私みたいな女には分からないけど、佐山さんはごく普通の女性だからそういう感情は豊かでしょうね。」

 女土方は下を向いたまま静かにそう言ったが、その言い方を聞いて僕は「まずい」と思った。女土方のこの物言いはそうとう気分を害している。しかしそう思ったのは僕だけではなかったようで原因を作った張本人のクレヨンも、言ってしまったその結果をどう取り繕えばいいのか分からないと言った風情で狼狽の色がありありと浮かんでいた。