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翌日出勤すると僕の顔を見てにやにや笑っている者がずい分多かった。特に普段と変わったことをしているつもりもなかったのでどうしたのかと不思議に思いながら部屋に入った。

「あ、主任。」

僕の顔を見るが早いかテキストエディターのお姉さんが声をかけて来た。

「昨日は大変だったそうですね。エレベーターに閉じ込められて。でも何事もなくて良かったですね。それにしても主任が高所恐怖症なんて知らなかった。鉄の女佐山芳恵が泣き叫ぶ姿って見たかったわ。」

「何、誰が泣き叫んだって。」

 僕はどうして今朝から皆が僕の顔を見てへらへら笑っているのかテキストエディターの言葉ですべて合点が行った。あの野郎、どうしてくれよう。八つ裂きにしてもあき足らない奴だ。すぐに営業君の携帯に電話するとあの野郎、脳天気にも「あ、佐山主任、昨日は大変でした。」と底抜けた明るい声を出して答えた。

「すぐに戻って来なさい。あんた、一体どんな話をしてるのよ。」

「はい、分かりました。すぐに戻ります。」

 どこまでも素抜けた脳天気な野郎だ。思い知らせてやる。僕は怒髪天を突く勢いで営業君を待ち構えた。テキストエディターのお姉さんやクレヨンは一体何がどうなっているのか分からず唖然とした表情で僕を見詰めていた。営業君は社内の何所かにいたらしく五分もしないうちに戻って来た。

「戻りました。」

営業君は場違いなほど明るい声でご帰還の申告をした。

「あなたは一体何を話しているの。自分のことは何を言おうと言わなかろうと私は構わないわ。でも他人のことを、しかもありもしないことを言いふらすのはやめて。昨夜私は泣き叫んだりしていないわ。一体どういうつもりなの。」

 僕は営業君の脳天気な阿呆面を見たとたんに昨夜のことを思い出して切れてしまった。元の男だったら『てめえ、一体何を考えてやがるんだ。自分のことを棚に上げてありもしなかったことをべらべらくっちゃべっているんじゃねえ。脳天かち割るぞ。』くらいは言ってやるんだが、何だかこの頃僕もすっかり女言葉が身についてしまって逆上していても女言葉しか出なくなってしまった。

「ああ、すみません。何だか取り乱した自分が恥ずかしくてつい女性の佐山主任に振ってしまいました。その方が自然かなと思って。でも僕はあのままずっとエレベーターの中で二人きりでいられたらどんなに幸せだろうとずっと思っていました。エレベーターが動かなければ良いと。」

 何が自然だ。都合の悪いことを人に押し付けておいてあのままエレベーターの中にずっといたかっただと。この次は箱ごと地獄に落としてやる。

「間違いは皆さんに訂正をしておきます。それではちょっと約束がありますので出かけます。」

営業君はどこまでも悪気なく脳天気に出て行ってしまった。

「危ねえ、ああいうのが女性を監禁するのよ。」

出て行く営業君の後姿を呆然と見送りながらテキストエディターのお姉さんが呟いた。

「主任、何処かのマンションで犬みたいに首輪につながれて監禁されたらどうしますか。あの入れ込み方は尋常じゃないですよ。犬みたいにトレイに餌と水を置かれて『良い子だから帰るまで大人しく待っているんだよ。』なんて頭を撫でられて。気持ち悪い。」

「ねえ、首輪でつながれたらおトイレはどうするの。」

またクレヨンが脳天気なことを言い出した。

「おトイレ、それは当然お砂のおトイレでしょう。臭わない衛生お砂のトイレですよねえ、主任。」

こいつ等、他人事だと思って勝手なことばかり言いやがって。僕は二人の頭を手に持っていたファイルで叩いてやった。

「もお、野蛮人、本当に檻に入れてやるから。」

悪態をついて逃げ出そうとするクレヨンを追いかけようとして女土方に止められた。

「もういい加減にしなさい。でもちょっと困ったわね、彼にも。」

 女土方は本当に困ったような難しい顔をした。この世の中には他人の人格や尊厳を踏みにじるようなことを平気でするやつがいるが女性を監禁するなんてことはその最たるものだろう。世の中にはお互いの了解の上で擬似監禁や飼育のようなことをしている方たちもいらっしゃるということだが。

 僕も昔まだバリバリの男だった頃、ちょっと変態の香りのする行為をしたこともあったが、それはそれで真剣であろうと遊び心だろうとお互い了解の上でやることならいいだろう。しかし、何の合意も了解もない相手を監禁して暴行を加えたり家畜のように扱ったりすることは犯罪であることは勿論のこと、他人の人格も尊厳も束にして泥の中で踏みつけるようなものだ。

 男には女を自分の思うとおりにしたいと言う願望があるんだろうが、女にも当然同じように思うところもあれば、それぞれ人格もあるのだからそういうものを一方的に踏みにじってはいけない。妄想を実現してくれる女性を見つけるか、もしも見つからなければせめて妄想は自分の頭の中でだけ実現させておくがいい。この次僕に昨夜のようなことをしたらその時はあの野郎本当にただじゃあおかない。

「あまり感情的にならないで落ち着いてね。早めに何か良い方法を考えるわ。」

怒り狂っている僕の心の中を見透かしたように女土方が耳元で囁いた。