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 しかし女という生き物も一度馴染んで気を許してしまうと平気で裸を晒して構うところのない生き物だから節操のなさは大して変わらないかもしれない。僕なんかいくら長い間付き合っていても女の前で必要もないのに素っ裸でいるのはどうも心地が悪い。

 そういう点では女の方が男よりも節操がないのかもしれない。それと女の方が裸でいるには体形が適しているような気がする。男の場合あれが変に飛び出してぶらぶらしていると何とも言えず滑稽な感じがしてしまう。『合戦準備、総員戦闘配置』の状態ならそれなりに格好はつくのかもしれないが、あの状態で通常の生活をするには何とも邪魔になって仕方がないだろう。もっともそんなくだらないことはどうでもいいんだが。

 僕は自分のカップをテーブルに置いて女土方のところに行った。そして女土方が持っていたカップを取り上げて自分が体に巻いていたタオルを投げ捨るともう一度女土方に体を重ねた。女土方も当然予想していたのか僕を抱きしめて唇を寄せて来た。

 特に具体的な理由があるわけではないが僕はこの女のことは理屈抜きで全面的に信頼することが出来た。良い悪いじゃなくてたとえ寝首を掻かれてもそれは僕のためにしたんだろうと思えるくらいに信じていることが我ながら不思議だったが、そんなに全面的に信頼することが出来る女を抱いていられることは本当に心地が良いことだった。そうしてしばらく抱き合ってから僕は体を離して起き上がった。

「そろそろ行かないと。業務時間終了になってしまうわ。」

 僕は女土方を促した。女土方も黙って頷くとゆっくりと起き上がった。そして帰り支度を整えるとホテルを出た。ホテルを出る時ちょうど入り口のところで中に入って来るカップルと鉢合わせしてしまった。そのカップルは僕等よりも少し若そうな男女だったが、僕等を見ると目を丸くしてさっと脇に避けて道を空けた。僕はこんなことは何度も出くわしていることなので知らん顔をしてさっさと歩いて来たが女土方は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「ああ、恥ずかしかった。まさかあんなところで人に出会うなんて思わなかった。まともに顔を上げられなかったわ。あなたは平気なの。」

 女土方がホテルから少し歩いたところでそんなことを言った。誰だってあんなところで人と面と向かえば多かれ少なかればつが悪いことはあるけどあんなに顔を赤くするほどのことでもないだろう。むしろ相手の方がよほど驚いたんじゃないだろうか。

 だって当然男女のカップルが出てくるはずのところから大人の女が二人で寄り添って出てくるんだから唖然としてしまうのも当然かもしれない。僕たちは大通りに出たところでタクシーを拾って会社に戻ったが、会社に着いた時はもう四時も近い時間だった。部屋に戻ろうとすると廊下でテキストエディターのお姉さんに呼び止められた。

「主任、どこに行っていたんですか。秘書の森田さんが探していますよ。何か用事があるようですよ。」

「ああ、そうなの。さっきまで一緒だったのに用事って何かな。」

 僕は半分とぼけて答えた。さっきまで一緒と言うのは間違いではないが、その後何をしていたかがちょっとばかり問題だった。

「今度新しいセクションが出来るってうわさですけどそのことじゃないですか。主任もそこに行くんじゃないの。」

 テキストエディターのお姉さんはまるで他人事のように気楽に言うが、自分もそこでクレヨンの面倒を見ることになるなんて夢にも思っていないだろう。これこそ人を呪わば穴二つということだろう。

「分かったわ。取り敢えず電話してみるわ。」

僕は部屋に戻って一体何の用事か北の政所様に電話を入れてみた。

「どこにいたのか知らないけれど本当にゆっくりしていたのね。」

 開口一番北の政所様にいやみを言われてしまったが、「社長がそう言ったでしょう。だからちょっと時間をいただいたわ。」と切り返してとぼけた。

「まあいいわ。ところでちょっと話があるの。伊藤さんと一緒に私のところに来て。あなたが戻ったんだから彼女も戻っているでしょう。すぐに来てね。」

 僕はすぐに女土方に電話すると向こうも僕を探していたらしく何も言わないうちから「森田さんが私達に急用があるようよ。」と言い出した。じゃあ一緒に来いということだからこれから行こうということになって僕は部屋を出て秘書室の北の政所様のところに行った。秘書のとなりにある総務課の住人である女土方は僕が着いた時にはもう椅子に座って待っていた。

「さっそくだけど新体制発足の予定が早まって来週週明けになったの。事務用品とか必要な物はさっき大急ぎで見繕って注文してきたけれどこれから細かい物を確認して欲しいの。部屋はそっちの打合せ室を使うから。ちょっと手狭かもしれないけどうまく配置して使って。」

北の政所様はそう言ってあれやこれやと細かいことを言い始めた。

「それからね、伊藤さんのところに営業から一人来ることになったから。滝本さんて言う男性らしいけど私は良く知らないわ。社長はなかなか人当たりが良くて緻密な男だと言っていたけど。」

 女土方は滝本と聴くと「ああ、あの穏やかそうな人ね。」と言っていたが、僕にはその滝谷がどんな男なのか全く分からなかった。しかしこの時はその滝本と言う男が僕を散々悩ます元凶になろうとは思いもよらなかった。

 それから僕たちは部屋の配置や必要な備品の確認、事務用品や消耗品の調達等雑務に忙殺されることになった。部屋に戻るとテキストエディターのお姉さんが「大変ですね、新部門の立ち上げで。」と他人事のように言うので「あなたもその新部門の一員なんだから澤本さんとこれやってね。」と言って必要な備品リストの確認を押し付けてやったら、目を丸くして言葉を失ってしまった。それ見ろ、思い知ったか。

 人事は翌朝発令された。これで嫌もおうもなく新体制に巻き込まれることになった。社長室で伝達式が行われた後、社長から「今晩新体制発足の壮行会をしたいので是非出席して欲しい。役員は全員出席するように。」とお言葉があった。飲み食いさせてくれるのは良いがひも付きじゃあ鬱陶しい。出来れば女土方と二人でお台場のホテルのラウンジで宿泊付で食事をさせて欲しいものだ。

 発令と同時に僕たちの役職名も変わってしまった。北の政所様は取締役企画室長兼秘書室長、女土方は企画室長補佐兼室長事務取扱、僕が首席企画室員ということになった。北の政所様はともかく僕や女土方の昇進は軍隊で言えば二階級特進のような破格の昇進だったので社内に小さからぬ波紋を投げかけたが、その内容は当然のことではあるが決して好意的なものではなかった。

 曰く「沖縄の一件で社長に取り入って」とか「社長の身内をうまく使って」などと喧しいこと限りがなかった。確かに沖縄の一件で社長に急接近したことは事実だが自存自衛のために止むを得ず社長の恋人の尻を叩いただけで別に取り入った訳ではないし、身内とはクレヨンのことなんだろうがうまく使われたのはこっちの方でどう考えても使ったと言われるのは心外である。

 もしもそう言うのならクレヨンの面倒でも見てやると良い。そんなわけで世間の噂には大いに異論があるし、抗弁したいところだが、それにしても特進したことは事実なんだし何と言っても人の口に戸は立てられないので放っておくことにした。