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 翌朝もクレヨンは真っ先に起き出して「買い物、お出かけ」と騒ぎまくっていた。半拘禁生活の反動なのか女の本能なのか騒がしいこと夥しい。起きて行って叩いてやろうかと思ったが女土方に抱きついている方が心地良かったので止めておいた。そのうちに女土方にも「起きなさい」と促されて僕は仕方なく起き出した。

 そして僕たちは朝食もそこそこにこの家の足代わりのセルシオに乗って銀座へと繰り出した。車を駐車場に入れてまずクレヨンが行きたいと言う某高級デパートに立ち寄った。僕たちは当然目的とする売り場に、いや、正確に言えば僕には目的とする売り場はなかったのだが、行こうとしたのだがクレヨンは入り口の案内に立ち寄って何やら告げていた。

 何をしているのかと女土方と顔を見合わせているとしばらくして品の良い出で立ちの男性が小走りに駆け寄って来てこともあろうにクレヨンに丁寧に挨拶を始めた。そしてその後あっけに取られている僕たちの方に歩み寄って来て「いつもご贔屓にしていただきましてありがとうございます。どうぞごゆっくりお買い物をお楽しみいただけますよう何なりとお申し付けください。」と馬鹿丁寧に挨拶をした。そして立派な応接室に通されて立派なコーヒーカップでコーヒーを振舞われた後、これまた立派なカタログが差し出された。

 さすがに僕たちもこの辺りに至って事情が飲み込めた。僕がサルだの馬鹿だの言っているこのクレヨンはデパートにとって見れば金融界の大御所のご令嬢で別格扱いの特別なお客様なのだ。だから買い物に来れば専従の担当者がお帰りまでお世話申し上げてご満足いただいてお帰りいただくのだろう。

 しかしクレヨンはこんな待遇には慣れているのだろう堂々としていたが、僕たちのような庶民派はそんな待遇などこれまでただの一回も受けたことがないので面食らってしまった。それに「どうぞ何なりとお申し付けいただいて」と言われても僕たちが通常購入する商品とはかなり値段がかけ離れていることから何なりとお申し付けいただいてと言われてもそうそう言われるようには手が出なかった。

 クレヨンはここでコートやらスーツやらずい分と買い込んだがどれもこれも値段はともかく形は常識的なものばかりだった。どうもこいつは心を入れ替えて仕事に励むつもりなんだろうか。しかしそれにしても僕たち庶民には買おうと言う気があってもちょっと手が出し難い値段には違いなかった。

 その後お定まりのように貴金属を見た。日頃は冷静な女土方もこの時ばかりはかなり熱が入って目が輝いていた。僕も貴金属はきらいではないがどちらかと言えば装飾品よりも金貨や金の延板を買い込んでシャイロックのように撫で擦っていた方が楽しいように思う。ここでもクレヨンはまた馬鹿高い指輪、ペンダント、ブレスレットのセットを買いそうな勢いだったが、僕たちの非難の視線を感じたのかさすがに思い止まったようだった。買い込んでも僕が支払うわけでもないからかまわないのだが庶民にはちょっと納得しかねる値段には違いなかった。

 結局クレヨンはまあ年相応のかわいらしいペンダントと指輪を買った。ただしかわいらしいと言うのはクレヨンではなくペンダントのことなので念のために申し添えておきたい。それでもその合計額は六桁に至っていた。僕は暇つぶしに商品を眺めていたがたまたまちょっと変わったデザインの金の指輪が目に止まった。

「ねえ、ちょっとその指輪を見せて。」

 僕が店員に頼むとその店員は誠に丁寧な態度でトレイの上に載せて指輪を差し出した。自分の指にはめると丁度良いサイズだったが、何と言うかあの指輪をした時の締め付け感がいやですぐに外してしまった。でも体つきが似たような僕たちだからこの指輪のサイズは女土方にも合うだろう。

「これ、サイズはいくつ。」

「十一ですがサイズの調整はさせていただきます。」

店員が丁寧に答えた。

「咲子、ちょっと来て。」

僕は女土方を呼んで手を取ると女土方の指に指輪をはめてみた。

「丁度良いわね。それに良く似合うわ。これちょうだい。」

呆気に取られている女土方は放って置いて僕はクレジットカードを店員に渡すと指輪を包ませた。

「はい、私からプレゼントよ。あなたにはいつも迷惑をかけているし、それにこの指輪、あなたにとてもよく似合うわ。」

 僕は戸惑いながらもうれしそうな顔をしている女土方に指輪を押し付けた。その顔を見ていると何だか僕もうれしくなってしまった。男というのは良くも悪くもこういう生き物なんだな。ついでに僕はアクセサリー売り場でシルバーのペンダントとブレスレットを買った。

 ペンダントはヨーロッパの紋章のようなデザインで女用というよりも男に似合うのかも知れないものだった。でもあまり見かけないデザインで中央に剣に擬した花がデザインされているのが気に入ったので買うことにした。そのうちに金でも貯まったら純金のブレスでも買うか。でも金は今ひとつ上品さに欠けるようなものが多くてなかなかこれと思うものがない。プラチナも同様で値段も高いから庶民にはシルバーが似合いだろう。

 そう言えば以前つき合っていた女にゴールドコインのペンダントを買ってやったことがあった。そのペンダントの枠がなかなか凝っていて僕としては自分でしたいくらいに気に入っていたんだけれど最近はコインのペンダントは流行らないらしくて同じようなものを探しても売っていない。

 注文すれば造ってはくれるらしいがそこまでする気もなかった。もちろん女に返してくれとも言えずにそのままになってしまったが今あれが手元にあったら丁度良かったかも知れない。でもそれも女土方にやってしまうかな。

 佐山芳恵も年相応にアクセサリーは所有しているがどうも僕とは趣味が違うようで所有の品の中にこれが良いというお気に入りが見当たらない。それに指輪はあの拘束感にどうしても馴染めなくて着けたことがない。そんな訳で最近アクセサリー類は何も身につけていない。シルバーでは安っぽく見られるかもしれないがそんなことかまうものか。アクセサリーなんて趣味の問題なんだ。取り敢えず明日からはこのペンダントとブレスを身に着けて行こう。