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 運動を終えてベッドに寝転んでいたら眠ってしまって目を覚ました時はもう夕方だった。クレヨンに逃げられたかと思ったあたりを見回すと驚いたことに椅子に座って雑誌を読んでいた。こいつを見せ物にして本を読むサルとか言って売り出すか。

「あ、起きたのね。ずいぶん良く寝ていたわね。やっぱり疲れているのかなと思ってお茶の時間も起こさなかったわ。」

 クレヨンが奇跡のようにまともなことを言った。この辺で点数を稼いでおかないとまた締められると思っているのだろうか。僕は「そう、ありがとう。」と言ってベッドから起き上がった。やっぱり疲れていたのか少し眠ったら体が軽く楽になったようだった。

 それから北の政所様に電話を入れてその後の状況と今後について報告をして「明日から澤本さんを連れて出勤します。」と伝えたが、北の政所様は「明日も自宅で待機」とは言わなかったので出勤しないといけないのだろう。こんなことをさせておいてもう少し手厚い待遇をと言いたいところだが会社の方もそんなことばかりしていたら潰れてしまうかも知れない。そうすると僕や女土方も困るからやはりいい加減に真面目に働かなくてはいけないのかも知れない。

 それからしばらくするとお手伝いが夕食が出来たと呼びに来た。ダイニングに下りてみると今日の献立は野菜サラダとカレーにイチゴやキウイフルーツ、バナナなどにヨーグルトとジャムをかけたデザートだった。この家の夕食は豪華なダイニングで上等な食器を使いごくありふれた食事をするというのが特徴のようだった。

 食事が終わってしまうと何もやることがなくなってしまった。まさか宵の口の時間から寝てしまうわけにもいかないのでコーヒーを飲みながらテレビを見たり買い込んだ本や雑誌をめくったりして時間を潰していた。夕方こっちに顔を出すと言っていた女土方も自宅に帰るといろいろ雑用があるらしく用は足りていると言ったら訪問をキャンセルされてしまった。

 昨日とは打って変わって無闇と広い部屋に一人きりでシャワーを使った後に静かな時間を過ごしているとドアをノックする音が聞こえた後にドアが少し開いてそこからクレヨンが顔を出した。

「今晩もここで寝てもいい。」

クレヨンはやけに大人しい口調で僕に尋ねた。

「いいけどどうなっても保証はしないわよ。」

『なんたって僕は男なんだからな。』

 そう言ってやりたかったが昨夜クレヨンにも僕の体が紛れもなく女のそれであることを見られてしまっているから効き目がないかもしれない。

「分かったわ。いい子にしているからこっちにおいてね。」

 クレヨンは端からここで寝るつもりだったらしくすっかり支度を整えていた。そのまま部屋に転がり込むように入り込むと空いているベッドに駆け上がって雑誌を読み始めた。そこに女土方から電話が入った。

「二人で仲良くしている。」

 心配半分面白半分の女土方にクレヨンが部屋に転がり込んできたことを話すと「えっ」と意外な声を出した。

「それでどうするの。」

「どうするってもう隣のベッドに上がって寛いでるわ。ここで寝かせる他ないでしょう。あなたが悪いの
よ、私を放り出すから。」

「ちょっと意外だったわね。あの子があなたにそんなになつくなんて。少し心配かな。でも多分あなたなら大丈夫でしょう。信じてるわ。」

 信じられてもちょっと困る。何せ中身は節操なしの男なんだから。いくら気に入らない女とは言っても健康な若い女なんだから気持ちがどう動くのか僕にも何とも言えなかった。

「私を裏切ったら承知しないからね。いいわね。」

女土方は一言脅しめいたことを言ったが、そういう状況を作り出したのは自分じゃないか。

「伊藤さんから。」

クレヨンが僕の方を向いた。

「そうよ、あなたと深い仲になったら承知しないと言われたわ。」

僕がそう言うとクレヨンの目が光った。

「へえ、ビアンさんも同じなんだ。でもそうなっても黙っていれば分からないでしょう。私達二人だけの秘密にしておけば。」

 このサルもバカなことを言う。それじゃあ僕がこのサルに対して弱みを作るだけじゃないか。このサルはそれを狙っているんだろうか。

「私には私の思いや生き方があるわ。私が伊藤さんと一緒にいるのはそれなりの理由があるの。いいわね。そうでなきゃあなたをここには置かないわ。さあそろそろ寝ましょう。」

 僕はそれだけ言うとベッドから起き上がって寝支度を始めた。クレヨンはそれ以上は何も言わずに黙っていた。照明を落として横になってしばらくは大人しくしていたクレヨンがごそごそと動き出した。

「ねえ、そっちに行っていい。」

クレヨンがとんでもないことを言い出した。こいつは一体何を企んでいるんだろう。

「子供じゃないんだからそっちで寝れば。私のこと嫌いでしょう。どうして私のそばになんか来たいの。」

「一人は淋しい。」

クレヨンがポツリと漏らした。

「じゃあこっちに来れば。」

 僕はそんな殊勝なことを言うクレヨンがかわいそうになった。クレヨンは僕の様子を伺うようにゆっくりとベッドに近づくとシーツをめくって僕の隣に横になった。

「ねえ、体を寄せてもいい。」

「好きにすれば。」

 僕はもうどうにでもなれと言う気持ちで邪険に言った。それにもかまわずにクレヨンはころりと転がって僕の懐に入り込むと僕に抱きついた。小柄なクレヨンが何だか子供のように思えた。

「ああ気持ちいい。」

 クレヨンは一言呟くとそのまま軽い寝息を立てて寝込んでしまった。いろいろ警戒していたけれど結局こいつもただの淋しい女だったのか。だけどいくらクレヨンでもこうして張り付かれるとやはり心穏やかならざるものがある。救いは男の時のように突出する物がないので相手には気取られないことだが、懐に飛び込んだクレヨンの背中に手を回してそっと抱いてやるとクレヨンはなお体を寄せて来た。

 クレヨンは若いだけあって、良く言えば円熟した女土方や僕など、いや僕ではなくて佐山芳恵とは違う張りのある体は手に心地良かった。このまま取り込んでけつでも撫でてやろうかと思ったが、その行為に何となく下品な中年をイメージしてしまったので自粛しておいた。