「後は片付けておきますから、どうぞ森田さんのところに行ってあげて下さい。きっと待っていると思いますよ。」
社長は黙って頷いた。
「今夜ここで起こったことは南の島に住んでいる妖精の悪戯なんでしょう。そう思うことにします。」
社長は電話でルームサービスを呼ぶと部屋を片付けさせてから北の政所様が休んでいる部屋に入って行った。それを見届けてから僕も女土方が寝ているベッドにそっと体を横たえた。女土方は寝返りを打って腕の中に転がり込んで来た。その女土方をそっと抱きながらこの何ヶ月かの間に起こった様々なことを思い出そうとして何一つはっきりと思い起こすことが出来ないうちに何時の間にか眠りに落ちて行った。
翌朝目が覚めた時にはもう日が高くなっていた。居間に出てみると女土方と北の政所様がルームサービスの朝食を摂っていた。
「お早う、よく眠れた。夕べは少し飲み過ぎたわね。気分がすっきりするからコーヒーでも飲んだら。あなたの好きなアイスコーヒーもあるわ。」
女土方が僕に向かって微笑んだ。
「社長はどうしたの、姿が見えないけど。」
北の政所様が首を傾げた。
「社長は二人が休んで私と二人きりになると森田さんを寝かせて自分の部屋に帰ったわ。」
僕はうそを言ったが、北の政所様は「そう」と言ったままそれ以上は聞かなかった。でも何となく腑に落ちないといった風情で考え込んでいた。後で社長本人から聞けばいいことなのだから今ここで本当のことを言うこともないだろう。
僕は渇いた喉にアイスコーヒーを流し込んでからサンドイッチや果物を口にした。そうしてしばらく三人がそれぞれ夕べのことを反芻しながら黙って時を過ごした後北の政所様が「部屋に帰ろう。」と言い出した。
「鍵は私に貸してね。お部屋の清算はしておくから。」
北の政所様に言われて僕たちは黙って頷いた。
「それじゃあいろいろとご馳走様でした。部屋に帰ります。」
僕と女土方は一言お礼を言って部屋を出た。
「何だか予想もしなかったおかしな方向に物事が進み始めたわね。」
エレベーターの中で女土方が呟いた。
「そうね、でもやることは一緒だから特に問題はないでしょう。」
僕は比較的気楽に考えていた。
「そうね、そう言えば確かにそうね。」
女土方もそれ以上は何も言わずに黙っていた。部屋に戻ると既婚女も若手女も二人とも帰り支度を整えていた。僕たちを見ると「お帰り。」と一言言っただけで夕べ何があったなどとは聞かなかった。昨夜北の政所様と僕たちが一緒に入浴していたことはもう知っているのだろう。僕と女土方も急いで帰り支度をすると四人でロビーに降りた。そして迎えのバスに乗り込むと那覇市に向かってホテルを後にした。
那覇で昼食を取った後観光バスに乗せられたままデューティフリーショップに連れて行かれた。女共は目の色を変えて時間一杯まで店内を走り回っていたが、僕は勿論すぐに飽きてしまった。女土方がいなかったらすぐに逃げ出してしまっただろうが、女土方は目の色は変えてはいなかったものの幾つかのブランドを見てみたいというので一緒に付き合った。そして僕たちは銀のアクセサリーを一品づつ買った。
那覇からは飛行機で東京まで一飛びだった。波乱に満ちた社内旅行は羽田空港で解散となった。僕と女土方は特に人目をはばかることもしないで連れ立って帰宅した。
「あーあ何だかとんでもないことになった旅行だったね。」
部屋に入って荷物を投げ出しと僕はソファに伸びをしながら腰を下ろした。
「大変だったわね。こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ。でもまだ役員会の承認とかいろいろあるから未定でしょ。それより洗濯物を出して。一緒に洗うから。」
女土方はもう旅装を解き始めていた。僕もバッグから洗濯物を取り出すと洗濯ネットを取ってきてその中に詰め込んだ。女土方はそれぞれ幾つかのネットに分けて丁寧に入れていた。
「何か食べようか。私が支度するわ。何が食べたい。」
僕は洗濯をしてもらう代わりに食事の支度を買って出た。
「ラーメンを食べたいわ。」
女土方のリクエストに冷蔵庫をのぞいて足りないものを確認すると近所のスーパーに買い物に出かけた。そしていい加減に野菜炒めを乗せたラーメンを作ったが、女土方は「美味しい。」と言ってとても喜んでそれを食べた。
食事も終わって風呂に入ってしまい今のソファで寛いでいると女土方が僕に擦り寄ってきた。この二晩人目を忍んでいたためか何時になく積極的だった。勿論僕としても拒む理由もないので二人で散々戯れてからベッドに入った。
翌朝もずい分ゆっくりと目を覚ましてからまた女土方としばらくお互いの肌の温もりを確認し合った。男の時には何とも思わなかったが、この体になってから僕はお互いの胸のふくらみが徐々に潰れながら重なっていく感触がとても好きだった。それでよく女土方が「苦しい。」と悲鳴を上げるほど抱き締めてしまうことがあった。そんなことをしていて昼近くに起き上がるとトーストとコーヒーそして牛乳と言う簡単なブランチを摂った。
午後も特に何をするでもなく部屋の中で過ごした。こういう時間の使い方は勿体無いと思う時もあるが、本を読んだりテレビに目をやったり無駄と思えるような時間を持つのもなかなか落ち着いていいと思うこともある。
「あなたのアザも大分落ち着いたわね。最初は本当に酷かったけど。」
女土方が本から顔を上げて言った。
「向こうのお尻も相当なものだったでしょう。お互い様よ。」
「あんなに血相変えて叩くからよ。かわいそうに。彼女も。」
いざとなると徹底的に拒否する割にはこういう時は肩を持つのが女土方だった。
「でももしも社長が言っていたようになるとこれから面倒なことになるかもね。これまで思っていたほどではないかもしれないけどそれでもなかなか厄介な人よ、彼女って。」
女土方はまだ北の政所様に対する警戒感を捨て切れずにいるようだった。
「そうかな、我儘なところはあるかもしれないけどけっこう単純な人じゃない、あの人って。まあそういう単純さがある意味では怖いのかも知れないけど。でも仕事だから感情を交えずにやればいいんじゃない。」
「あなたはいいわよねえ、そういう風に割り切れるところが。私はなかなか急にそこまで割り切って一緒には出来そうもないわ。」
女土方は何時になく弱々しい笑みを浮かべてまた本に目を落とした。
「あのね、社長と彼女はほとんど愛人関係みたいよ。社長自身がそう言っていたわ。もっとも男女の関係は否定していたけど。引退したら一緒に暮らしたいといっていたわ。ずっと以前からお互いに惹き合っていたみたい。母親が違うと言っても兄妹なんだから同じ道を歩くことは出来なかったようだけど身を引いてしまえばそれも可能だろうしねえ。でもねそういうことは誰も興味本位にしか見ないけど誰も一生懸命に考えて生えようとしているのね。私がお見合いをしたあの人もそうだけど。
あなたと北の政所様が酔いつぶれて寝てしまった後で社長と二人で話をしたの。ほとんどあっちが一人で話していたようなものだったけどね。私達もそうだけど私はね、社長の言うことにちょっと感動してしまったわ。人生の残りの時間を自分と彼女のために使いたいって素敵じゃない。そういうのって何だか納得させられてしまうのよね。
私達もまだまだ引退なんて出来ないかも知れないけどせめて自分達の時間くらいは自分達のために精一杯生きたいわよね。あ、これってオフレコよ、誰にも言ってはだめよ。」
女土方が本から顔を上げて僕を見つめた。
「社長、そんなことをあなたに言ったの。きっとよほどあなたが気に入ったのね。大丈夫よ、誰にも言わないわ。あなたの立場を悪くするようなことは絶対にしないし私もそういうのって嫌いじゃないから。こっちも他人をとやかく言える立場でもないしそっとしておいてあげましょう。」
僕は女土方に向かって微笑んでから黙って頷いた。
社長は黙って頷いた。
「今夜ここで起こったことは南の島に住んでいる妖精の悪戯なんでしょう。そう思うことにします。」
社長は電話でルームサービスを呼ぶと部屋を片付けさせてから北の政所様が休んでいる部屋に入って行った。それを見届けてから僕も女土方が寝ているベッドにそっと体を横たえた。女土方は寝返りを打って腕の中に転がり込んで来た。その女土方をそっと抱きながらこの何ヶ月かの間に起こった様々なことを思い出そうとして何一つはっきりと思い起こすことが出来ないうちに何時の間にか眠りに落ちて行った。
翌朝目が覚めた時にはもう日が高くなっていた。居間に出てみると女土方と北の政所様がルームサービスの朝食を摂っていた。
「お早う、よく眠れた。夕べは少し飲み過ぎたわね。気分がすっきりするからコーヒーでも飲んだら。あなたの好きなアイスコーヒーもあるわ。」
女土方が僕に向かって微笑んだ。
「社長はどうしたの、姿が見えないけど。」
北の政所様が首を傾げた。
「社長は二人が休んで私と二人きりになると森田さんを寝かせて自分の部屋に帰ったわ。」
僕はうそを言ったが、北の政所様は「そう」と言ったままそれ以上は聞かなかった。でも何となく腑に落ちないといった風情で考え込んでいた。後で社長本人から聞けばいいことなのだから今ここで本当のことを言うこともないだろう。
僕は渇いた喉にアイスコーヒーを流し込んでからサンドイッチや果物を口にした。そうしてしばらく三人がそれぞれ夕べのことを反芻しながら黙って時を過ごした後北の政所様が「部屋に帰ろう。」と言い出した。
「鍵は私に貸してね。お部屋の清算はしておくから。」
北の政所様に言われて僕たちは黙って頷いた。
「それじゃあいろいろとご馳走様でした。部屋に帰ります。」
僕と女土方は一言お礼を言って部屋を出た。
「何だか予想もしなかったおかしな方向に物事が進み始めたわね。」
エレベーターの中で女土方が呟いた。
「そうね、でもやることは一緒だから特に問題はないでしょう。」
僕は比較的気楽に考えていた。
「そうね、そう言えば確かにそうね。」
女土方もそれ以上は何も言わずに黙っていた。部屋に戻ると既婚女も若手女も二人とも帰り支度を整えていた。僕たちを見ると「お帰り。」と一言言っただけで夕べ何があったなどとは聞かなかった。昨夜北の政所様と僕たちが一緒に入浴していたことはもう知っているのだろう。僕と女土方も急いで帰り支度をすると四人でロビーに降りた。そして迎えのバスに乗り込むと那覇市に向かってホテルを後にした。
那覇で昼食を取った後観光バスに乗せられたままデューティフリーショップに連れて行かれた。女共は目の色を変えて時間一杯まで店内を走り回っていたが、僕は勿論すぐに飽きてしまった。女土方がいなかったらすぐに逃げ出してしまっただろうが、女土方は目の色は変えてはいなかったものの幾つかのブランドを見てみたいというので一緒に付き合った。そして僕たちは銀のアクセサリーを一品づつ買った。
那覇からは飛行機で東京まで一飛びだった。波乱に満ちた社内旅行は羽田空港で解散となった。僕と女土方は特に人目をはばかることもしないで連れ立って帰宅した。
「あーあ何だかとんでもないことになった旅行だったね。」
部屋に入って荷物を投げ出しと僕はソファに伸びをしながら腰を下ろした。
「大変だったわね。こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ。でもまだ役員会の承認とかいろいろあるから未定でしょ。それより洗濯物を出して。一緒に洗うから。」
女土方はもう旅装を解き始めていた。僕もバッグから洗濯物を取り出すと洗濯ネットを取ってきてその中に詰め込んだ。女土方はそれぞれ幾つかのネットに分けて丁寧に入れていた。
「何か食べようか。私が支度するわ。何が食べたい。」
僕は洗濯をしてもらう代わりに食事の支度を買って出た。
「ラーメンを食べたいわ。」
女土方のリクエストに冷蔵庫をのぞいて足りないものを確認すると近所のスーパーに買い物に出かけた。そしていい加減に野菜炒めを乗せたラーメンを作ったが、女土方は「美味しい。」と言ってとても喜んでそれを食べた。
食事も終わって風呂に入ってしまい今のソファで寛いでいると女土方が僕に擦り寄ってきた。この二晩人目を忍んでいたためか何時になく積極的だった。勿論僕としても拒む理由もないので二人で散々戯れてからベッドに入った。
翌朝もずい分ゆっくりと目を覚ましてからまた女土方としばらくお互いの肌の温もりを確認し合った。男の時には何とも思わなかったが、この体になってから僕はお互いの胸のふくらみが徐々に潰れながら重なっていく感触がとても好きだった。それでよく女土方が「苦しい。」と悲鳴を上げるほど抱き締めてしまうことがあった。そんなことをしていて昼近くに起き上がるとトーストとコーヒーそして牛乳と言う簡単なブランチを摂った。
午後も特に何をするでもなく部屋の中で過ごした。こういう時間の使い方は勿体無いと思う時もあるが、本を読んだりテレビに目をやったり無駄と思えるような時間を持つのもなかなか落ち着いていいと思うこともある。
「あなたのアザも大分落ち着いたわね。最初は本当に酷かったけど。」
女土方が本から顔を上げて言った。
「向こうのお尻も相当なものだったでしょう。お互い様よ。」
「あんなに血相変えて叩くからよ。かわいそうに。彼女も。」
いざとなると徹底的に拒否する割にはこういう時は肩を持つのが女土方だった。
「でももしも社長が言っていたようになるとこれから面倒なことになるかもね。これまで思っていたほどではないかもしれないけどそれでもなかなか厄介な人よ、彼女って。」
女土方はまだ北の政所様に対する警戒感を捨て切れずにいるようだった。
「そうかな、我儘なところはあるかもしれないけどけっこう単純な人じゃない、あの人って。まあそういう単純さがある意味では怖いのかも知れないけど。でも仕事だから感情を交えずにやればいいんじゃない。」
「あなたはいいわよねえ、そういう風に割り切れるところが。私はなかなか急にそこまで割り切って一緒には出来そうもないわ。」
女土方は何時になく弱々しい笑みを浮かべてまた本に目を落とした。
「あのね、社長と彼女はほとんど愛人関係みたいよ。社長自身がそう言っていたわ。もっとも男女の関係は否定していたけど。引退したら一緒に暮らしたいといっていたわ。ずっと以前からお互いに惹き合っていたみたい。母親が違うと言っても兄妹なんだから同じ道を歩くことは出来なかったようだけど身を引いてしまえばそれも可能だろうしねえ。でもねそういうことは誰も興味本位にしか見ないけど誰も一生懸命に考えて生えようとしているのね。私がお見合いをしたあの人もそうだけど。
あなたと北の政所様が酔いつぶれて寝てしまった後で社長と二人で話をしたの。ほとんどあっちが一人で話していたようなものだったけどね。私達もそうだけど私はね、社長の言うことにちょっと感動してしまったわ。人生の残りの時間を自分と彼女のために使いたいって素敵じゃない。そういうのって何だか納得させられてしまうのよね。
私達もまだまだ引退なんて出来ないかも知れないけどせめて自分達の時間くらいは自分達のために精一杯生きたいわよね。あ、これってオフレコよ、誰にも言ってはだめよ。」
女土方が本から顔を上げて僕を見つめた。
「社長、そんなことをあなたに言ったの。きっとよほどあなたが気に入ったのね。大丈夫よ、誰にも言わないわ。あなたの立場を悪くするようなことは絶対にしないし私もそういうのって嫌いじゃないから。こっちも他人をとやかく言える立場でもないしそっとしておいてあげましょう。」
僕は女土方に向かって微笑んでから黙って頷いた。