次の週も間近に迫った企画査定に向けた最後の調整に追われた。特に問題となったのが戦い抜くコースの講師編成だった。僕自身はこのコースにいわゆるネイティブを揃える必要はないと考えていた。いくら国際化時代と言っても質の高いネイティブの確保はそう簡単ではなかった。母国語が英語の人間と言っても内容のある言葉を教えるのはそれなりに知識を持ち教育を受けたものでないと効果が上がらない。
それならば大学などの講師クラスの日本人の方が知識を与えると言う点においては遥かに優れていた。問題は実際に英語を母国語として使っていないと分からない言葉の微妙な機微だった。ここに質の高いネイティブを置いて仕上げのチェックをすることが大事なことだし、英語らしい英語を話すために必要なことだと思っていた。
これに対してやはり外国語の習得にはその言葉を母国語にする外国人を揃えるべきだし、営業的にもそうした見せる講師陣が集客性を向上させると主張する者達がいた。確かに英語をファッションするコースでは講師もほどほど品の良い外国人を揃えるなどそうした顔ぶれを売りにすることが必要だとは思った。
しかし何らかの必要に駆られて自分から知識を得ようとしているお客相手ではいくら外国人教師と言っても生半可な専門知識では通用しないと僕は読んでいた。ただ英語らしい英語を話すことはネイティブにはどうしてもかなわない。そこで英語のチェックと言う機能のために外国人が必要になる。それはあくまでも英語らしい英語を身につけるために必要なことで客集めの看板ではない。そのことは審査の時に強く主張しておいた。
その功あってか暫定と言う形で僕の主張が認められて企画はスタッフを増員して詳細プラニングに進むことになった。
四人のスタッフをもらって相変わらず忙しい毎日だったが、女土方との関係は彼女の自宅での週末同居という形で続いていた。しかし初回のように興味本位の欲望をむき出しにした付き合いは陰を潜め、お互いに心の拠り所を相手に求めるような穏やかな関係へと変化していた。もちろん夜は床を共にはしているが、それも孤独に耐えてきた女と何の前触れもなくいきなり全く未知の世界に放り込まれた性別不明の人間がお互いに心の安らぎを求めて触れ合うという色合いが強かった。
それは僕にしてみればまだいろいろ性的な好奇心はあったし欲望もないではなかったが、女土方と一緒にいることによって感じる安らぎの方により強く惹かれたし女土方にしてもその傾向が強いようだった。だから僕からちょっかいを出すのは出来るだけ控えていた。それでも何もないわけでもなかったが獣のような生活に溺れるわけでもなく比較的穏やかな時間を共有していた。
その平和な時間を脅かす恐怖の瞬間が刻々と近づいて来ていた。法事のための実家デビューだった。もう間近に迫っていた実家デビューだったが、相変わらず親族はおろか母親や弟の情報さえつかめず、まして母親が見合いを企んでいる相手の男についても全く白紙の状態だった。
しかしこればかりは女土方に真実を打ち明けることも出来ず、それは僕さえその気になれば打ち明けることは出来るのだが、相手にされないだろうし、自分で切り抜ける以外には方法がなかった。
往復の航空券はネットで予約して確保した。とにかく何を言われても滞在期間は最短とすることにして予定を組んだ。つまり金曜の夜に東京を発って法事の土曜は仕方がないので向こうに滞在して、日曜の午前中の便で東京に戻ることにした。
母親には、これはもちろん佐山芳恵の母親だが、細かいことは伝えずに電話で急な仕事が入って忙しいので長くは滞在できないことを伝えておいた。当然そのことに対する苦情は雨霰と降り注いだが、一々反論したり弁解したりすることは一切しなかった。何故かってそんなことを言ってみたところでただことがややこしくなるだけで徒労に終わるに決まっているからだ。
だんだん近づいてくる法事の日をにらみながら僕は起死回生の妙手を考え続けた。そしてとうとう劇的な一手を思いついた。女土方を連れて行こう。いくら女土方でも同行を躊躇うだろうが、引きずっても連れて行こう。そうすれば会ったこともない親族と付き合わなくてもいいし訳の分からない見合いもかわすことが出来るかもしれなかった。
これはかなり勝手かつ強引な方法だったが、今そこにある危機を避けるにはやむを得ないと判断した。
思いついたらすぐに行動に移るのが先手を取るための必須条件とばかり女土方に打診すると案に相違して女土方は二つ返事で承知した。むしろ誘われたことを素直に喜んでいるようだった。
女土方が承知してくれてすんなり話が決まったので僕はさっそく小樽市内のホテルと二人分の航空券を予約した。観光地とは言っても小さな町なので大したホテルもなかったが、港に近いホテルのツインを予約した。
とうとう出発の日が来たが、独りではないし何かの時には女土方を使って逃げる手が使えるので少しは気が楽だった。佐山芳恵の母親に会社の友人を連れて行くと言ったが、家に連れて来いと言った他は特に何も言わなかった。僕たちは会社が引けるとそのまま羽田に向かいいそいそと飛行機に乗り込んだ。滑走路でしばらく離陸待ちをさせられたが、その後は順調に飛行して国内線の通例どおり水平飛行に移ると間もなく降下を始め、するすると千歳に着陸した。そこから小樽まで特急で一時間半ばかり、ホテルに入ったのは夜の十時を過ぎていた。
荷物を置くとすぐに遅い夕食を取ろうとロビーに下りた。外に出ようと思ったが、開いている店もないと思い直してホテルで食べることにした。がらんとして空いているラウンジバーで女土方と向き合って黙って食事を取っていると外を見ていた女土方が突然僕の方を向いて「記念すべき二人だけの初めての旅ね。」と微笑んだ。「そうね。」と軽く応じたが、僕の方はかなり下心があって女土方を誘ったので素直に感激している女土方にちょっと心が痛んだ。
軽い食事を終えて部屋に戻ると女土方は僕の両腕を摑んで自分の方を向かせて長いキスをした。そしてその後もっと長い間僕を抱き締めていた。僕は内面こそ正真正銘男だが、女土方は僕を女と思っているし、姿かたちは間違いなくそれこそ正真正銘女だった。身内の法事と言っていいのかどうか疑問もあるが、とにかく身内の法事でこんなことをしているのは不謹慎かもしれないが、今死んだわけでもないので勘弁してもらうことにした。
女土方は僕がそんなことを考えていることなど全く思いもしないのか、僕を抱いていた手を緩めると今度は僕の首に手を回して僕をじっと見つめながら「あなたが好き。」とため息をつくように呟いた。
「分かってるわ。」
僕は女土方をそっと離しながら微笑み返した。後もう一押し押されたらこの間のように女土方をベッドに押し倒していたかも知れなかった。
「着替えてシャワーでも使おう。」
僕は女土方の肩を抱いてそっと促した。女土方もそれに応じて動き出した。極めて不謹慎なことなのかも知れないが、どうも今夜は静かには終わりそうにないような予感がした。女土方に先にシャワーを使わせて明日の法事に使う衣装を出して揃えた。少しばかり皺になっているところがあるけどかまうものか。
そうして支度が終わったところに女土方がバスルームから出てきたので交代に僕がバスルームを占拠した。しかし女土方よりもずっと短い時間でシャワーを終わってバスルームを出ると女土方はローブを羽織って頭にタオルを巻いたままタバコをふかしていた。
「お帰り。」
女土方は僕に向かって微笑んだ。
「ちょっと待ってね。」
僕は女土方に微笑み返した。
それならば大学などの講師クラスの日本人の方が知識を与えると言う点においては遥かに優れていた。問題は実際に英語を母国語として使っていないと分からない言葉の微妙な機微だった。ここに質の高いネイティブを置いて仕上げのチェックをすることが大事なことだし、英語らしい英語を話すために必要なことだと思っていた。
これに対してやはり外国語の習得にはその言葉を母国語にする外国人を揃えるべきだし、営業的にもそうした見せる講師陣が集客性を向上させると主張する者達がいた。確かに英語をファッションするコースでは講師もほどほど品の良い外国人を揃えるなどそうした顔ぶれを売りにすることが必要だとは思った。
しかし何らかの必要に駆られて自分から知識を得ようとしているお客相手ではいくら外国人教師と言っても生半可な専門知識では通用しないと僕は読んでいた。ただ英語らしい英語を話すことはネイティブにはどうしてもかなわない。そこで英語のチェックと言う機能のために外国人が必要になる。それはあくまでも英語らしい英語を身につけるために必要なことで客集めの看板ではない。そのことは審査の時に強く主張しておいた。
その功あってか暫定と言う形で僕の主張が認められて企画はスタッフを増員して詳細プラニングに進むことになった。
四人のスタッフをもらって相変わらず忙しい毎日だったが、女土方との関係は彼女の自宅での週末同居という形で続いていた。しかし初回のように興味本位の欲望をむき出しにした付き合いは陰を潜め、お互いに心の拠り所を相手に求めるような穏やかな関係へと変化していた。もちろん夜は床を共にはしているが、それも孤独に耐えてきた女と何の前触れもなくいきなり全く未知の世界に放り込まれた性別不明の人間がお互いに心の安らぎを求めて触れ合うという色合いが強かった。
それは僕にしてみればまだいろいろ性的な好奇心はあったし欲望もないではなかったが、女土方と一緒にいることによって感じる安らぎの方により強く惹かれたし女土方にしてもその傾向が強いようだった。だから僕からちょっかいを出すのは出来るだけ控えていた。それでも何もないわけでもなかったが獣のような生活に溺れるわけでもなく比較的穏やかな時間を共有していた。
その平和な時間を脅かす恐怖の瞬間が刻々と近づいて来ていた。法事のための実家デビューだった。もう間近に迫っていた実家デビューだったが、相変わらず親族はおろか母親や弟の情報さえつかめず、まして母親が見合いを企んでいる相手の男についても全く白紙の状態だった。
しかしこればかりは女土方に真実を打ち明けることも出来ず、それは僕さえその気になれば打ち明けることは出来るのだが、相手にされないだろうし、自分で切り抜ける以外には方法がなかった。
往復の航空券はネットで予約して確保した。とにかく何を言われても滞在期間は最短とすることにして予定を組んだ。つまり金曜の夜に東京を発って法事の土曜は仕方がないので向こうに滞在して、日曜の午前中の便で東京に戻ることにした。
母親には、これはもちろん佐山芳恵の母親だが、細かいことは伝えずに電話で急な仕事が入って忙しいので長くは滞在できないことを伝えておいた。当然そのことに対する苦情は雨霰と降り注いだが、一々反論したり弁解したりすることは一切しなかった。何故かってそんなことを言ってみたところでただことがややこしくなるだけで徒労に終わるに決まっているからだ。
だんだん近づいてくる法事の日をにらみながら僕は起死回生の妙手を考え続けた。そしてとうとう劇的な一手を思いついた。女土方を連れて行こう。いくら女土方でも同行を躊躇うだろうが、引きずっても連れて行こう。そうすれば会ったこともない親族と付き合わなくてもいいし訳の分からない見合いもかわすことが出来るかもしれなかった。
これはかなり勝手かつ強引な方法だったが、今そこにある危機を避けるにはやむを得ないと判断した。
思いついたらすぐに行動に移るのが先手を取るための必須条件とばかり女土方に打診すると案に相違して女土方は二つ返事で承知した。むしろ誘われたことを素直に喜んでいるようだった。
女土方が承知してくれてすんなり話が決まったので僕はさっそく小樽市内のホテルと二人分の航空券を予約した。観光地とは言っても小さな町なので大したホテルもなかったが、港に近いホテルのツインを予約した。
とうとう出発の日が来たが、独りではないし何かの時には女土方を使って逃げる手が使えるので少しは気が楽だった。佐山芳恵の母親に会社の友人を連れて行くと言ったが、家に連れて来いと言った他は特に何も言わなかった。僕たちは会社が引けるとそのまま羽田に向かいいそいそと飛行機に乗り込んだ。滑走路でしばらく離陸待ちをさせられたが、その後は順調に飛行して国内線の通例どおり水平飛行に移ると間もなく降下を始め、するすると千歳に着陸した。そこから小樽まで特急で一時間半ばかり、ホテルに入ったのは夜の十時を過ぎていた。
荷物を置くとすぐに遅い夕食を取ろうとロビーに下りた。外に出ようと思ったが、開いている店もないと思い直してホテルで食べることにした。がらんとして空いているラウンジバーで女土方と向き合って黙って食事を取っていると外を見ていた女土方が突然僕の方を向いて「記念すべき二人だけの初めての旅ね。」と微笑んだ。「そうね。」と軽く応じたが、僕の方はかなり下心があって女土方を誘ったので素直に感激している女土方にちょっと心が痛んだ。
軽い食事を終えて部屋に戻ると女土方は僕の両腕を摑んで自分の方を向かせて長いキスをした。そしてその後もっと長い間僕を抱き締めていた。僕は内面こそ正真正銘男だが、女土方は僕を女と思っているし、姿かたちは間違いなくそれこそ正真正銘女だった。身内の法事と言っていいのかどうか疑問もあるが、とにかく身内の法事でこんなことをしているのは不謹慎かもしれないが、今死んだわけでもないので勘弁してもらうことにした。
女土方は僕がそんなことを考えていることなど全く思いもしないのか、僕を抱いていた手を緩めると今度は僕の首に手を回して僕をじっと見つめながら「あなたが好き。」とため息をつくように呟いた。
「分かってるわ。」
僕は女土方をそっと離しながら微笑み返した。後もう一押し押されたらこの間のように女土方をベッドに押し倒していたかも知れなかった。
「着替えてシャワーでも使おう。」
僕は女土方の肩を抱いてそっと促した。女土方もそれに応じて動き出した。極めて不謹慎なことなのかも知れないが、どうも今夜は静かには終わりそうにないような予感がした。女土方に先にシャワーを使わせて明日の法事に使う衣装を出して揃えた。少しばかり皺になっているところがあるけどかまうものか。
そうして支度が終わったところに女土方がバスルームから出てきたので交代に僕がバスルームを占拠した。しかし女土方よりもずっと短い時間でシャワーを終わってバスルームを出ると女土方はローブを羽織って頭にタオルを巻いたままタバコをふかしていた。
「お帰り。」
女土方は僕に向かって微笑んだ。
「ちょっと待ってね。」
僕は女土方に微笑み返した。