カーテンの隙間から差し込んでくる朝の日差しで目が覚めた。光に慣れない目に飛び込んでくるベッドカバーの赤い色に違和感を覚えていると「お早う、よく眠れた。」という女土方の声が聞こえた。少し体を起こすようにして声の方向を向いた。女土方はすっかり身支度を整えて僕に向かってローブを差し出してくれた。そう言えば夕べは何も纏わずにあのべたべた厚化粧のまま眠ってしまったことを思い出した。
「よく眠れたけどあのまま寝てしまったのね。化粧でシーツやカバーを汚したんじゃないかな。ごめんね。」
僕はシーツやカバーを確認したが、やはりあちこちに化粧がついて汚れていた。いっそのこと魚拓のようにお互いの顔が写っていたら記念にでもなっただろうに。
「さあ顔を洗ってらっしゃい。洗面のところに全部用意してあるから。あ、その前にその化粧を落としてあげるわ。そこに座って。」
女土方はまだ覚醒しないで裸のままベッドに半身を起こして呆けている僕の肩にローブをかけるとコットンパフで顔を拭いてくれた。
「やっぱり化粧は落として休まないとだめね。私も起きてから自分の顔を見て驚いたわ。化粧が顔中滲んでお化けのようだった。」
女土方はそんなことを言って他愛もなく微笑んだ。身支度を整えて居間に降りると朝食の支度が出来ていた。トーストとサラダの簡単な朝食だったが、いつもろくなものを食べていない僕には十分過ぎるほどだった。
「昨日はみんなやってもらったから。このくらいなら私にも出来るし。さあ、よかったら食べて。」
女土方は自分が作った朝食を僕に勧めた。とにかく水分がないと何も喉を通らない僕はまずミルクを加えたコーヒーをコップ一杯飲み干した。それから女土方が用意してくれた朝食に手をつけた。料理が苦手と言う割にはサラダもピザ風トーストも上手に出来ていた。
「朝食が済んだら夕べの宴の残骸を片付けましょう。シーツの洗濯とか手伝うわ。」
女土方は僕を見て笑いながら頷いた。
「ねえこれから私のそばにいてくれる。あなたは普通の女性なんだから特別の関係でいて欲しいなんていわないわ。ただの普通のお友達でも何でもいいわ。私、この先あなたの近くであなたとすれ違いながら生きるのは耐えられそうもないわ。」
女土方は職場の強気とはまるで別人のようにすがり付くようなか弱い表情を見せた。その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。女土方は僕を普通の女と言うけれど僕の方が女土方よりもずっと普通じゃない女に間違いなかった。
僕にしてもこの姿になってから初めてめぐり合った心許せる味方だったし、もう普通ではない関係になっていたので今更離れる気は毛頭なかった。僕は答える代わりに女土方の手を握った。そして立ち上がるとそのまま自分の方に引き込んだ。
女土方は何の抵抗もなく僕の胸に収まった。まだローブの下は裸だったのでまた女土方を抱き締めたくなったが、さすがに昨日から何度もそんなことばかりするのは躊躇われたので女土方の唇に自分のを軽く重ねてからそっと押し戻した。
「ありがとう。」
女土方はかすかに聞き取れるくらいの小さな声で言った。その後食事を終えて片付け物をしてから僕たちは来週末も一緒に過ごすことを約束して別れた。女土方は今晩も泊まって明日ここから出勤すればと言い出した。必要なものは車で取りに行けばいいとそう言った。
実は僕自身も女土方とは別れがたい気持ちもあったのだが、感情に流されて行動することは良い結果を生じない場合が多いし、別に何時でも会いたければ会えるのだからと言って納得させた。
自宅に戻ると何となく寂寞と言ったら大げさだが、独りになった淋しさが付きまとった。帰りがけに買ってきた食糧を片付けて窓を開けるとタバコに火を点けて一口吸い込んだ。どう考えても僕と女土方は奇妙な関係には違いなかったが、とにかく心を許せる相手が出来たことは心強いことだった。
簡単な夕食を済ませて風呂に入ると持ち帰った企画書を取り出して目を通した。当然これを提出すれば女土方の査定を受けることになる。女土方はこの企画を見て何と言うだろう。そんなことを考えながら企画書に手を入れた。
そのうちに携帯が鳴り出した。大体電話が鳴るとろくなことがないと思いながら手に取ると女土方だった。電話に出ると「独りは淋しい。」と女土方の泣き声が聞こえた。まさかあの女土方がそんなにめろめろになるとは思ってもいなかったので少なからず驚いてしまった。少し慰撫してはみたがどうも収まりそうもなかった。結局車で迎えに来てもらってもう一晩泊まることになった。
明日、女土方の自宅からそのまま出勤出来るように仕事関係の持ち物をまとめ仕事着とは言っても女土方にも言われたように大したものではないのだが、それに着替えて女土方を待った。もう風呂に入ってしまったので着替えを持つ必要はないし化粧品も女土方のところに山のようにあるので心配は要らなかった。それでも何かの必要があるかもしれないので着替えの下着だけは小さな袋に入れてバッグに詰め込んだ。
女土方を待つ間、どうして女土方はこんなにあっけなく崩れてしまったんだろうかと考えた。きっと若い時に両親を亡くして自分自身も特殊な精神構造を持って普通の女の生き方が出来ないというハンディを負ってそうした弱さを他人に悟られまいと精一杯独りで気を張って生きていたのだろう。
何か支えが欲しいという切羽詰まった思いと自分の支えになってくれる相手を見つけたと言う安堵感は僕なんかよりもはるかに強かったのかもしれない。それだからこそ自分が欲しかったものを手にすると却ってそれをなくした時のことが怖くなってしまうのかも知れない。そんな女土方の気持ちは分からないでもなかった。
「よく眠れたけどあのまま寝てしまったのね。化粧でシーツやカバーを汚したんじゃないかな。ごめんね。」
僕はシーツやカバーを確認したが、やはりあちこちに化粧がついて汚れていた。いっそのこと魚拓のようにお互いの顔が写っていたら記念にでもなっただろうに。
「さあ顔を洗ってらっしゃい。洗面のところに全部用意してあるから。あ、その前にその化粧を落としてあげるわ。そこに座って。」
女土方はまだ覚醒しないで裸のままベッドに半身を起こして呆けている僕の肩にローブをかけるとコットンパフで顔を拭いてくれた。
「やっぱり化粧は落として休まないとだめね。私も起きてから自分の顔を見て驚いたわ。化粧が顔中滲んでお化けのようだった。」
女土方はそんなことを言って他愛もなく微笑んだ。身支度を整えて居間に降りると朝食の支度が出来ていた。トーストとサラダの簡単な朝食だったが、いつもろくなものを食べていない僕には十分過ぎるほどだった。
「昨日はみんなやってもらったから。このくらいなら私にも出来るし。さあ、よかったら食べて。」
女土方は自分が作った朝食を僕に勧めた。とにかく水分がないと何も喉を通らない僕はまずミルクを加えたコーヒーをコップ一杯飲み干した。それから女土方が用意してくれた朝食に手をつけた。料理が苦手と言う割にはサラダもピザ風トーストも上手に出来ていた。
「朝食が済んだら夕べの宴の残骸を片付けましょう。シーツの洗濯とか手伝うわ。」
女土方は僕を見て笑いながら頷いた。
「ねえこれから私のそばにいてくれる。あなたは普通の女性なんだから特別の関係でいて欲しいなんていわないわ。ただの普通のお友達でも何でもいいわ。私、この先あなたの近くであなたとすれ違いながら生きるのは耐えられそうもないわ。」
女土方は職場の強気とはまるで別人のようにすがり付くようなか弱い表情を見せた。その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。女土方は僕を普通の女と言うけれど僕の方が女土方よりもずっと普通じゃない女に間違いなかった。
僕にしてもこの姿になってから初めてめぐり合った心許せる味方だったし、もう普通ではない関係になっていたので今更離れる気は毛頭なかった。僕は答える代わりに女土方の手を握った。そして立ち上がるとそのまま自分の方に引き込んだ。
女土方は何の抵抗もなく僕の胸に収まった。まだローブの下は裸だったのでまた女土方を抱き締めたくなったが、さすがに昨日から何度もそんなことばかりするのは躊躇われたので女土方の唇に自分のを軽く重ねてからそっと押し戻した。
「ありがとう。」
女土方はかすかに聞き取れるくらいの小さな声で言った。その後食事を終えて片付け物をしてから僕たちは来週末も一緒に過ごすことを約束して別れた。女土方は今晩も泊まって明日ここから出勤すればと言い出した。必要なものは車で取りに行けばいいとそう言った。
実は僕自身も女土方とは別れがたい気持ちもあったのだが、感情に流されて行動することは良い結果を生じない場合が多いし、別に何時でも会いたければ会えるのだからと言って納得させた。
自宅に戻ると何となく寂寞と言ったら大げさだが、独りになった淋しさが付きまとった。帰りがけに買ってきた食糧を片付けて窓を開けるとタバコに火を点けて一口吸い込んだ。どう考えても僕と女土方は奇妙な関係には違いなかったが、とにかく心を許せる相手が出来たことは心強いことだった。
簡単な夕食を済ませて風呂に入ると持ち帰った企画書を取り出して目を通した。当然これを提出すれば女土方の査定を受けることになる。女土方はこの企画を見て何と言うだろう。そんなことを考えながら企画書に手を入れた。
そのうちに携帯が鳴り出した。大体電話が鳴るとろくなことがないと思いながら手に取ると女土方だった。電話に出ると「独りは淋しい。」と女土方の泣き声が聞こえた。まさかあの女土方がそんなにめろめろになるとは思ってもいなかったので少なからず驚いてしまった。少し慰撫してはみたがどうも収まりそうもなかった。結局車で迎えに来てもらってもう一晩泊まることになった。
明日、女土方の自宅からそのまま出勤出来るように仕事関係の持ち物をまとめ仕事着とは言っても女土方にも言われたように大したものではないのだが、それに着替えて女土方を待った。もう風呂に入ってしまったので着替えを持つ必要はないし化粧品も女土方のところに山のようにあるので心配は要らなかった。それでも何かの必要があるかもしれないので着替えの下着だけは小さな袋に入れてバッグに詰め込んだ。
女土方を待つ間、どうして女土方はこんなにあっけなく崩れてしまったんだろうかと考えた。きっと若い時に両親を亡くして自分自身も特殊な精神構造を持って普通の女の生き方が出来ないというハンディを負ってそうした弱さを他人に悟られまいと精一杯独りで気を張って生きていたのだろう。
何か支えが欲しいという切羽詰まった思いと自分の支えになってくれる相手を見つけたと言う安堵感は僕なんかよりもはるかに強かったのかもしれない。それだからこそ自分が欲しかったものを手にすると却ってそれをなくした時のことが怖くなってしまうのかも知れない。そんな女土方の気持ちは分からないでもなかった。