食事が済んで汚れ物を片付け終わるとしばらく二人で並んでソファに座ってくつろいだが、女土方が一緒に風呂に入ろうと言い始めた。

「うちのお風呂は広いの。二人くらい十分に入れるわ。お風呂から上がったらあなたに思い切りきれいに化粧をしてあげるから。」

 女土方はそう言うと私を見て意味ありげに微笑んだ。別に化粧をしてもかまわないが、そんなに塗りたくって絡み合うのはいいけどお互いに化粧が滲んで妖怪大決戦のようなざまになってしまったらどうするつもりなんだろうなどと思いながら、こういうのを『毒喰らわば皿まで』と言うんだろうななんて妙に自分で納得してしまった。女土方はクロゼットからタオルやローブを取り出すと僕に手渡してくれた。

「ちょっとお行儀悪いけどもういいわね。」

 女土方は自分の分をソファに投げ出すとさっさと着ているものを脱いでローブを羽織った。さっき散々見たばかりの女土方の体が何だかやけに眩しかった。

「先にお湯の加減を見ているから呼んだら来てね。」

 女土方はそう言い残すとバスルームに入って行った。僕は用意してきた着替えをバッグから取り出してソファの隅に置くと覚悟を決めて着ているものを脱いでローブを羽織った。自宅ではローブなんか使ったことはなかったので肌に直にローブを羽織るのがずい分優雅に感じた。

「いいわよ。」

 女土方に呼ばれて僕はバスルームに入った。確かに二人くらい十分に入れる広い風呂だった。風呂から上がると濡れた体にローブを羽織ってタオルで髪を拭いた。女になってから髪を乾かすのが生理の始末と並んで一番面倒なことだった。遅れて上がって来た女土方は「こっちにいらっしゃい。」と僕を呼んだ。どうも本当に化粧をしてくれるつもりらしい。まあペンキを塗るわけでもないし石鹸で洗えば落ちるからいいかと思い女土方の言うとおりに従った。

 女土方は二階の自分の部屋と言うところに僕を招き入れた。そこは八畳くらいの部屋で他の部屋と同じように必要なものだけがバランスよく置かれていた。部屋の一隅に机と本棚とパソコンが置かれ別の一隅に大きなドレッサーが設えてあった。女土方は僕にそこに座れと言った。そして三十分ほどもかけて入念に化粧をしてくれた。終わった時には普段見慣れている僕とはかなり変わった顔立ちの僕がいた。その顔の持ち主は僕じゃなくて佐山芳恵なんだろうけど。

「うん、いいわね。とてもきれいになったわ。」

 女土方は自分で頷くと今度は自分の顔作りを始めた。そっちの方は僕の時よりも短い時間で終わったが、出来上がった顔はかなり美形に変わっていた。まあ確かに上手に化粧をすると女は変わるが、僕には何と考えようと無闇と顔がべたべたするだけのあまり意味がないもののように思えた。

「喉が渇いたわ。下に降りて何か飲みましょう。」

 女土方は先に立って階段を降りていった。そして振り返らずに「あなたは何を飲むの。お酒がいい。」と聞いた。

「アルコールは要らないわ。さっき買ったコーヒーでいいわ。」

 女土方はただ頷くとキッチンに入って大きなグラスに目一杯コーヒーを入れて持って来た。僕は女土方からグラスを受け取ると思い切り飲み干した。冷たいコーヒーが渇いた喉に心地良かった。女土方は黙って空になったグラスを受け取るともう一度キッチンに行ってコーヒーを満たして来てくれた。

 僕と女土方は並んでソファに座ると黙ってコーヒーの入ったグラスを口に運んだ。女土方も大柄な女だったが、僕の方がひと回り大きかった。それにしても入念に化粧をしてバスローブだけを羽織った女が二人で並んでソファに座っているのはなんとも怪しげだった。

「タバコ、吸ってもいいかな。」

 女土方が僕に聞いた。

「私も吸いたかったの。でもあなたが吸わないと悪いと思って。」

 僕がそう言うと女土方は棚から金属の筒のようなものを持って来た。それは消臭剤のたくさん入った灰皿だった。

「たくさんは吸わないけど時々ね。でも吸った後のタバコの臭いは嫌いなのよね。そういうところがわがままなのかな」

 そう言いながら女土方はタバコに火を点けた。それと同時に集煙機が回り始めた。それを見て僕も安心してタバコに火を点けた。僕たちは黙ってのんびり二人でタバコを二本づつ吸ったそして吸い終わるとどちらともなく立ち上がった。女土方は部屋の明かりを消すと階段を上がって行った。何をしようとしているのかは分かりすぎるほどよく分かっていたし、もちろんそれは僕も望むところだった。そしてあの赤いベッドの前で僕たちは向かい合った。

 女土方はローブから両肩を抜くとそのまま下に落とすように脱いでまださっきの余韻の残っているかのように乱れた赤いベッドに横になった。僕はローブの紐を外すと片方づつ腕を抜いてローブを床に投げた。こういう仕種は我ながら男そのものだと思った。そしてそのまま女土方の隣に体を横たえると女土方を抱き寄せた。

 今度はさっきのように荒々しくしないで女土方の肩の辺りに顔を埋めた。お互いの胸のふくらみが重なって心地良い柔らかさが伝わってくるとともに女の匂いが胸一杯に流れ込んできた。この体になって以来穏やかな気持ちに浸ったことは一度もなかった。女土方の両手が僕の背中に伸びてきて僕をそっと抱き締めてくれた。男を愛せない女と女の体に閉じ込められた男という奇妙な組み合わせでしかも女土方にしても未だにどんな女かよく分からないところは多かったが、僕にとってはこの世で初めての味方を得たような思いだった。