命の期限1 | 心は晴れで!
どもです。

すっかりご無沙汰してしまいましたm(__)m


気付けばもう3月も半ばなんですね。


暫く九州に帰っていました。


ずっと放置してしまってたのにペタや訪問してくださった方、
手紙や電話でご連絡頂いた方、
そして今、この記事を読んでくださってる皆さまに感謝します。


もうすぐモタスポ開幕ですが、全く関係のない記事であまり明るい話題でもなく長くなるかもしれませんが、勝手ながら九州でのことをここに綴っておきたいと思いました。



先月、母から貰った電話を受け、
次の日の朝イチの飛行機で九州の病院に駆けつけました。

そこには、高熱で意識は朦朧として声を掛けてもうっすらと目を開けることしか出来ない父がいました。


父の病名は
『急性白血病』

血小板も赤血球も既に1/5まで減少。
白血球も1/3に減っていたとのこと。




その数日前に電話で父と話していました。

風邪がなかなか治らない、と。

近所の診療所で診てもらい風邪薬を処方して貰ってたとのこと。

2週間以上続く風邪なんて変だから大きな病院でちゃんと調べてもらったら?

心配だけどそんな危機感はありませんでした。


入院はもちろん、点滴すらしたことがなかった
風邪すら数年に一度ひく程度
そんないつも元気な父が
病院の無菌室でいろんな管に繋がれてベッドで寝ている


全く想像すらしたことのなかった光景だった。


主治医からの病状説明はかなり危険な状態だと。
このままだともって一週間。
この数日がやまだと。


前日の夜はまだ途切れ途切れでも会話が出来たそうだ。


九州と関東と、すぐに駆けつけることの出来ない距離が今更ながら恨めしかった。



これからの父への治療について3つの選択肢があると説明を受けた。

1、抗がん剤投与。
2、半分量の抗がん剤を倍の期間をかけて成分輸血をしながら投与。


3、このまま治療は行わず緩和ケアで看取る。



どの道、完治はありえないと。


1はショック状態でそのまま死に至る可能性が高く勧められないと。


父の年齢(74歳)、
かなり弱った状態を考えると
2の延命措置を行ったところで一週間後、大丈夫な可能性は10%未満。
でもうまく行けば少し良くなり話が出来るくらいに回復する可能性はない訳ではない。

ただ、延命措置でもいつどうなるかはわからない。

なら3の安らかに眠ってもらう選択もあると。


主治医は3を勧めてるように感じられた。




このまま、父と話しもしないままなんて絶対、嫌だ…


そう思ってる私より先に母が


「治療をしてください。出来る限りのことをしてあげてください。」


そう医師に告げ

兄と私も頷き、

「お願いします」

と3人で頭を下げました。