ディズニーランドへ行ってきた | ママたろうの完治までの道

ママたろうの完治までの道

2014年7月特発性脳脊髄液減少症 発症
2015年8月ブラッドパッチ
2016年6月ブラッドパッチ

読者申請は同病の方、または同病の家族がいる方でおねがいします。

 ディズニーランドに行ってきました!
 発症してから初めてです。家族でディズニーに行くことは、目標というより夢、と言った方が近かったです。叶いました。

 もちろん、治って行くのが夢でしたが、そうはいきませんでした。ブラッドパッチ を3回受けて回復をしてきた、今の私の体なりに行ってきました。それでも嬉しい、本当に嬉しいです。夫には、子供たちよりはしゃいでると言われました笑い泣き

 どのように行ってきたかというと。
 ・往復は夫運転の車で、後部座席で横になって移動。
 ・動き始めてから3時間半くらいで、いつもの、首痛頭痛が出てきたので鎮痛剤(SG)。その後動悸や首、背中のつっぱり感が出てきたので安定剤(エチゾラム)を服用。
 ・苦しくなってきたら、ベンチに座り頭を下げる体制(うなだれてるみたいな感じ)で休憩。
 ・お昼過ぎに救護室のベッドを借り、1時間近く横になって休む
 
 このような感じで過ごしました。救護室のベッドを借りる前にけっこう苦しくなりましたが、それ以降は、ピンチと言うほどにはならず乗り切れました。往復を電車にするのは無理です。

 救護室に入ると、看護師さんが対応してくれました。私は今までこういう時は「持病で動悸やめまいがしやすいが、横になって休むと落ち着くのでベッドを貸してほしい」という感じでお願いしてます。いちいち脳脊髄液減少症で…とは話したことなかったのですが、今回はしっかり問診票?みたいなのを記入するみたいで、病名をきかれたんですね。で、言ったら、看護師さん、病名知ってたみたいです。たぶん、そうだと思う。だから、起き続けてると症状が出ちゃう…みたいな話も、3時間後くらいにまたお世話になるかもっていう話もスムーズに伝わりました。
「夕方もしまたいらした時には、お名前を言っていただければわかるようにしておきます。」とも言ってくれました。結局夕方は行かずにすんだのですが、とても気持ちが楽でありがたかったです。

  発症から5年4ヶ月です。未だに起き続けられませんし、症状は諸々残っていて自分が嫌になる日もたくさんあります。
 でもひとつ、夢が叶った嬉しい日でした。