最近めっきりブログの更新が滞っていましたが……久しぶりの投稿です!

先日、仕事とプライベートを兼ねて東京へ。

いつもの飲み会を楽しんだ後、ふと以前購入した『重ね地図でたどる東京歴史散歩』を読み返してみました。



古地図と現代の地図を重ね合わせながらページをめくっていると、まだ降りたことのない駅や歩いたことのない街並みが目に留まります。

「次はここを歩いてみよう」

そう思い立ち、今回は 日暮里駅 を起点に、谷中・根津エリアの歴史と下町情緒を堪能する散策コースを巡ってきました。

今回の散策ルート

日暮里駅 ➔ 諏方神社 ➔ 夕焼けだんだん ➔ 谷中銀座商店街 ➔ 根津神社 ➔ 旧吉田屋酒店 ➔ 谷中霊園 ➔ 日暮里駅(ゴール)




1. 初めて降り立つ日暮里から、諏方神社と「夕焼けだんだん」へ

まずはこれまで降りる機会のなかった日暮里駅で下車。さっそく『重ね地図』を意識しながら、高台に位置する 諏方神社 へ向かいました。



境内からは線路が見下ろせ、江戸の昔から景勝地として親しまれてきた高台の風情が感じられます。




神社を後にして進むと、有名な階段 「夕焼けだんだん」 へ。



階段の上から見下ろす谷中銀座商店街の景色は、どこか懐かしく、夕暮れ時でなくてもどこかノスタルジックな温かみがあります。

そのまま渋い雰囲気が漂う 谷中銀座商店街 へ。活気ある惣菜屋や小さなお店を眺めながら歩くだけで、下町ならではの心地よい風情に包まれます。

2. 徳川家ゆかりの地:綱吉公が造営した「根津神社」

商店街を抜けて少し足を延ばし、根津神社 へ向かいました。




歩いてみて意外だったのが、このエリアが 「徳川家ゆかりの地」 であること。

根津神社は、五代将軍・徳川綱吉 が甥の家宣(後の六代将軍)の屋敷跡に社殿を造営した神社です。権現造の絢爛かつ荘厳な社殿や楼門は、当時の江戸幕府の威光を今に伝えており、国の重要文化財にも指定されています。

緑豊かな境内にたたずむと、ここがかつて将軍家の深い信仰を集めた場所であることを実感できます。

3. 江戸・明治の建築美を学ぶ「旧吉田屋酒店」

根津神社を後にし、続いて訪れたのが 旧吉田屋酒店 です。




ここは江戸時代から明治時代にかけての酒販店の姿を今に伝える貴重な建物。実際に見て驚いたのがその建築構造です。

建物の外部に桁(けた)を突き出した 「出し桁造り(だしげたづくり)」 と呼ばれる珍しい構造になっており、屋根の庇(ひさし)を深く差し出すための伝統的な建築技法をじっくりと見学することができました。

普段何気なく通り過ぎてしまうような建物にも、当時の大工の知恵や商家のこだわりが詰まっており、大変勉強になりました。

4. 最後の徳川将軍が眠る「谷中霊園」から日暮里へ

散策の締めくくりは、広大な 谷中霊園 です。

ここもまた徳川家との縁が深い場所。十五代将軍・徳川慶喜 のお墓を参拝してきました。



江戸幕府最後の将軍として激動の時代を生き抜いた慶喜公が、神式(円墳)のお墓で静かに眠っている姿を目にし、江戸から明治へと移り変わった歴史の重みをしみじみと感じました。

霊園の緑豊かな敷地をのんびりと歩きながら、再びスタート地点の日暮里駅へと戻り、今回の歴史散歩は終了です。

終戦81年の今年の夏、

Netflixで『ペリリュー』を観ました。


のどかなタッチですが、内容は戦争の惨さ

戦地の大変だった生活が描かれています。


以前佐世保に単身赴任でいた時に訪れた2つの戦争遺産を紹介します。


1. 針尾送信所 ― 畑の向こうに現れる3本の巨塔



ハウステンボス近くの田園風景の向こうに突如として異様なコンクリートの巨塔が3本現れます。初見だと「あれは一体何なんだ…?」と目を疑う存在感です。

正式名称は「旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設」。1922年(大正11年)に旧日本海軍が建てた無線送信所で、大正時代の塔状構造物としては国内最高峰の高さ(約137m)を誇ります。



建築費は現在の価値で約250億円という、当時の国家の一大プロジェクトでした。

3本の塔は約300m間隔の正三角形に配置されていて、間に巨大なアンテナを張ることで長波通信を行っていたそうです。1本だけでは意味がなく、3本揃って初めて機能する構造だったと知ると見え方が変わってきます。



現地では3号塔の内部に入ることができるのですが、見上げると天井まで広がる巨大なコンクリートの吹き抜け空間!まるでSF映画のセットに迷い込んだような感覚になりました。100年以上前にこの規模のものを造った技術力には素直に驚かされます。

太平洋戦争の開戦を告げた暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」を中継した場所という説もあり、歴史の重みをひしひしと感じるスポットでした。


施工状況


2. 片島魚雷発射試験場跡 ― 海辺に佇むノスタルジックな廃墟

川棚町にある「片島魚雷発射試験場跡」。針尾の圧倒的な高さとは対照的に、こちらは海辺に静かに広がる廃墟です。




ここは1918年(大正7年)に作られ、魚雷の性能試験や最終調整を行っていた場所です。

現地に着くと、屋根が落ちて外壁だけになった味わい深い建物が迎えてくれます。窓から差し込む光や、コンクリートを突き抜けて生い茂る木々など、自然と廃墟が混ざり合った独特の雰囲気に思わず見入ってしまいました。





敷地内には本部跡のほか、海に向かって伸びる細長い監視所跡なども残っています。危険なエリアは立ち入り禁止もありました。


天高くそびえる針尾の巨塔と、静かに時を重ねる片島の廃墟。対照的な2つの遺構ですが、どちらも確かにそこにあった歴史を物語っています。ドライブがてら歴史に触れられる、すごく印象深いルートでした。


福島から福岡に帰省する道中、

先月電車内に置き忘れてしまったスマホが警視庁の遺失物センターに届いているとの連絡が。羽田空港に向かう前に、てっきり霞ヶ関にあるものと思い込んで向かったのですが

Wikiより


別の建物


スマホ帰還

実際の場所は東京ドーム近く1ヵ月ぶりにスマホに出会い、一時期諦めていたので助かりました。


いつものスターフライヤー


実家に帰ると、娘がウズベキスタンからの友人を連れて帰ってきていました。せっかくなので小倉城をはじめ、地元をあちこち案内することに。



車の中では、娘の楽しい学生生活の話を聞いたり、片言の英語でコミュニケーションを取ったり。異文化に触れる貴重な時間になり、こちらまで新鮮な気持ちになりました。。


又次男と田川のショートコースへ



次男と田川のショートコースへ初めて足を運びました。もともと野球をやっていたこともあってか、なかなかのセンスを見せてくれました。


5ホールではグリーン手前に落としてしまったものの、そこからのパターが冴え渡り、なんとカップイン。ナイスバーディーです。この調子だと、あっという間に父を追い抜かされてしまいそうです。息子が心からゴルフを楽しんでいる様子が伝わってきて、これからが本当に楽しみです。


大分では大学時代の同窓会も開催。ユースホステルクラブの仲間たちと、実に30数年ぶりの再会を果たしました。当時と変わらぬ空気で語り合いながら飲む一杯は格別で、楽しかった大分での学生生活が鮮やかによみがえる、素敵な夜になりました。


皆んな変わらないなぁ


今年のお盆休みは、思いがけない再会と新しい出会いに恵まれた、忘れられない休暇になりました。