第5弾☆mini☆街道てくてく旅
私は滑るの苦手なんで・・・
やってみたい気は、あ、ru・・・いや、ちょっと・・・![]()
冬もとりあえず、歩くほうで、がんばります。![]()
今回は国分寺街道(とその周辺)です。![]()
このへんはその昔、武蔵の国といい、ものの資料によると
埼玉県・東京都・神奈川県の一部までにわたる広大な領域
を持っていたそうです 。その中心(国府)が府中でした。
府中の北隣にある国分寺向って歩くといろんな史跡などが
残っているんです。![]()
スタートはもうおなじみ 甲州街道府中宿、大国魂神社![]()
てくてくの中継で紹介された、このケヤキ並木は国分寺街道
でもあるんです。![]()
ヤギさんもいますよ。![]()
武蔵国分寺は天平13年(741年)聖武天皇の詔により
創建されたものだそうです。![]()
お鷹の道です。
江戸時代、国分寺市内の村々は、尾張徳川家のお鷹場
に指定されていたそうです。
お鷹場とは鷹狩を行う場所のこと。 ![]()
ここには、全国名水百選にも指定されている湧水が
本日のゴール![]()
玉川上水(五日市街道)との合流地点。
← これはサッカーのゴール![]()
国分寺街道自体は短いですが、今回は自宅から歩いたので
距離は12kmでした。![]()
ところで・・・ うちの近所に・・出没注意です。![]()
第4弾☆mini☆街道てくてく旅
そのへんのマイナーな街道を適当に歩くシリーズ。![]()
なんか、今年も、つづくらしいです。![]()
今日は人見街道です。人生初の20Km超えチャレンジ![]()
人見街道は府中から杉並の浜田山までつづく約12kmの街道です。
歴史は古く、詳細は省略しますが、江戸時代は甲州街道の脇往還として、
武蔵野の新田開発で作られた農作物を新宿まで運ぶ路として、また将軍や
御三家の鷹場への道としても使われていたらしいです。![]()
人見街道の起点。スタートです。![]()
いきなり道祖神発見。
近藤神社。ここは徳川将軍家のために忠誠心を貫いた
ちょっと寄り道をして、調布飛行場へ。![]()
ここは自動車メーカのスバルの前身である中島飛行機の試験用でした。
戦時中は零戦を作っていた?とか。
ここから、大島、新島、神津島行きの定期便が運航されています。
ちゃんと管制塔もあります。
セスナも駐機
井の頭線久我山駅付近にて。![]()
この庚申塔は1722年に建てられたもので道標も兼ねています。
よく見ると、
”これよりみぎ いのかしら三ち”
”これより ひだり ふちゅう三ち”
そして、人見街道終点。井の頭通りと合流![]()
今日の私はここでは終わりません。このまま井の頭通りを歩きます。![]()
そして、甲州街道を新宿方面へ![]()
歩いた距離 約23km![]()
昼飯休憩30分含め5時間15分でした。![]()
20kmの壁 超えましたぁ ![]()





























