最近、いつもお昼は仕事の関係もあるが、外食が多い・・・。
会社の近くのラーメン屋も、メニューはほぼ制覇し、店員にも名前まで覚えられるほど・・・。
いつもお昼は700円内におさえるはずが、すこしでてします。
腹が減ると計画を抑えられない傾向がある。
・・・最近の唯一の楽しみが、食べることだけになっているせいか・・・。
いつもお昼のランチは何か産まれそうなくらい食べてしまう。
1995年・・夏・・俺は旅をしていた。今もなお人生の旅の真最中であるが・・・。
当時はヨーロッパ中列車でまわり、見知らぬ国をまわることで、自分の中で何かが変わることを求めながら、しかし、今になってそれが活かされることなく・・・仕送りしてもらったお金を使いまくって、お父さん、お母さん、ごめんなさいという謝罪の言葉だけ・・・・。
そんなこと当時はわからず、旅もドイツのドュセルドルフにいた。ドュセルドルフとは日本人滞在数ドイツ1であり、初めてドイツに行った日本人観光客にとっては、やさしい町でもあった。
列車から降りた俺はとにかく、腹がへり、何も食べないこと丸1日が経過しようとしていた。・・・餓死しそうだった・・・。
お腹と背中がくっつきそうなほど・・・腹には何もはいっていないと・・・・・・。
駅を出、大きな噴水近くのビアーガーデンの飲食店で、とりあえず腰をおろした。
メニューをみると、いろいろあり、俺は選ぶという考えより、空腹感のほうが俺の脳に早く伝わり、安い順のメニューを4.5品程度頼んだ、そしてコーラを・・・。
待つ事数分、料理がでてきた。何がでてくるか不安もあったが、来たのはピザとスパゲティーとでかいハンバーガー、そしてコーラ。定番といえば定番の料理。
まぁ何はともあれ食事にありつけた喜びのかたわら、別ルートでパリにむかう友人の不幸を願い、一人寂しくコーラで祝杯。
その後は腹も満腹になり、町を目的なくふらふらしていた。パリ行きの夜行列車の時間まで、5・6時間ある。何もすることはなく、歩き疲れ、さっきと違うビアーガーデンで休みことに、そこは中央広場に囲むようにしてひろがっており、真ん中で、路上で手品らしき見世物がおこなわれていた。それは次から次へと観客を驚かし、その中で腕に何か布をかぶせ、もう一人が剣で切りつけ、はい、平気・・。という感じだったのだろう・・。 すごかった・・血が・・・。今すぐ病院いったほうがいいんじゃない・・。と思うほどで・・・。
それでも、筑波のガマの油売りを思わせるような、変な薬を腕に塗り、手品を続行していた。 しかし、それでも腕は傷だらけだった・・。傷だらけでも、ショーは終わらない・・・。終わるのはショーか命かと思わせるくらい鬼気迫る思いでみつづけ・・・。
夜行列車の1時間前でその場をあとにした・・・。